(英フィナンシャル・タイムズ紙 2021年7月20日付)

超大国中国は得意の張子の虎で終わる可能性が高い

 中国は超大国になりたいのだろうか――。

 少なくともホワイトハウスでは、疑いの余地がほとんどないようだ。

 ジョー・バイデン大統領の国家安全保障会議(NSC)で中国部長を務めるラッシュ・ドシ氏は最近新著を出版し、中国は「米国の秩序に取って代わり」、世界最強国になるための「壮大な戦略」を追求していると主張した。

 超大国の地位は、国家の威信の源泉であり、多大な経済的、政治的恩恵をもたらす。だが、コストとリスクと重責も伴う。

 ついこの7月半ばにも、今や中国の勢力圏にしっかり組み込まれているパキスタンで、テロ攻撃によって中国人9人が殺害されたばかりだ。

 中国のナショナリストの間で上がる報復措置を求める声は、テロリストが米国市民を標的にした時の米国の反応とよく似ている。

 中国人は、米国人と同様、平和と発展をもたらそうとする自分たちの努力が暴力をもって迎えられたことに怒りを覚え、混乱している。

 すべてのことが、英国の帝国主義を称えながら「自分が良くしてやる人たちからの非難、守ってやる人たちからの憎悪」について警鐘を鳴らした詩人ラドヤード・キプリングの嘆きをかすかに彷彿させる。

 超大国になることは、複雑な課題だ。

 能力、意図、意思について互いに結びついた一連の疑問を投げかける。

 スポーツのアナロジーを使うなら、極めて才能豊かなテニス選手で、本気で世界チャンピオンになりたいと思いながら、それでも夢を現実に変えるために必要な犠牲を払う覚悟がない、ということがあり得るのだ。