7月23日より開幕する東京オリンピック。JBpress autographでは、陸上競技の注目選手をピックアップ。箱根駅伝出場の経験を生かし、陸上競技を中心に取材しているライター・酒井政人さんに、選手の魅力や初見でもわかる観戦のポイントを教えていただきました(全3回)。

文=酒井政人

2021年6月、日本選手権、男子3000m障害、決勝での三浦龍司選手 写真=松尾/アフロスポーツ

〝記録崩壊〟の始まり

 陸上競技を20年以上取材してきて、三浦龍司(順大)ほど記録を塗り替えてきた日本人選手を知らない。19歳の未来ある長距離ランナーには何度も驚かされてきた。

 最初のインパクトは三浦が高校2年生(2018年)のときだった。5月に3000m障害で高2最高の8分46秒56(当時・高校歴代3位)をマーク。櫛部静二(現・城西大駅伝監督)が長年保持してきた高校記録(8分44秒77)に急接近したのだ。10月の国体少年A5000mで3位(日本人2位、14分04秒50)に入るなど力をつけた三浦は翌年、大記録を達成することになる。

 6月に3000m障害を8分39秒49で走破。高校記録を30年ぶりに塗り替えたのだ。これが〝記録崩壊〟の始まりだった。

 

転んでも「日本新」

「塩尻(和也)さんは自分がやっている種目で世界と戦い、箱根駅伝でも大活躍されました。順大は学生ナンバー1と言われた選手を育てた大学なので、自分も同じようになっていきたいと思ったんです」

 順大に進学した三浦は長年、鎮座していた各世代の記録をクラッシュさせていく。昨年7月に3000m障害で8分19秒37をマーク。自己ベストを一気に20秒も短縮して、U20日本記録を37年ぶり、日本学生記録を41年ぶりに更新した。

 9月の日本インカレではリオ五輪に出場した先輩・塩尻和也(現・富士通)が保持していた大会記録(8分31秒98)も8分28秒51に書き換えた。

 今季は5月のREADY STEADY TOKYOを8分17秒46で制して、日本記録(8分18秒93)を18年ぶりに更新。そして6月の日本選手権で驚異のパフォーマンスを発揮する。ラスト1周を迎える前の水濠で転倒しながら、大会新&日本新となる8分15秒99で突っ走ったのだ。

2021年5月、READY STEADY TOKYO、男子3000m障害で日本新で優勝 写真=ロイター/アフロ

 

3000m障害に必要な能力

 三浦の凄さを説明する前に、3000メートル障害という種目についても解説しておきたい。3000mSCと表記されるが、SCとは「Steeplechase」(教会の尖塔)の略である。教会をスタートして、ゴールとなる別の教会へ向かう際に町境の柵や堀を跳び越えたことに由来している。

 高さ91.4㎝の障害(5個のうち1個は水濠)を合計35回越えるが、陸上競技を観戦したことがない人は驚くかもしれない。ハードルと違って障害は倒れず、水濠(長さ3.66mで最深部の深さ0.7m)ではシューズがビチャビチャに濡れることもあるのだ。なお日本では「サンショー」と略して呼ばれている。

2021年6月、日本選手権、男子3000m障害、水濠を駆け抜ける選手たち 写真=森田直樹/アフロスポーツ

 約80mおきに障害を跳び越えることになるため、フラットな3000mを走るよりも心身ともに疲労する。障害を跳び越えるのにジャンプ力が必要になるし、障害で失敗しないように場所取りにも神経を使うからだ。筆者も高校時代、サンショーをやっていた。愛知県大会をと突破して東海大会に出場しているが、三浦の実力は異次元としか言いようがない。

 

〝記録更新〟は3000m障害だけではない

 まずは純粋な走力がすこぶる高い。三浦の〝記録更新〟は3000m障害だけではないのだ。昨年10月の箱根駅伝予選会では1年生ながら日本人トップに輝くと、大迫傑(現・Nike)が保持していたハーフマラソンのU20日本記録を塗り替える1時間1分41秒をマークした。同年11月の全日本大学駅伝は1区で区間賞を獲得。こちらも区間新記録だった。

2020年11月1日、全日本大学駅伝で1区を走る三浦龍司選手 写真=アフロ

 順大進学後、三浦が日本人選手に先着されたのは故障上がりで出場した箱根駅伝1区のみ。終盤のキック力が本当に素晴らしい。今年5月の関東インカレでは1500mを制すと、5000mでは日本人トップを奪っている。いずれも鮮やかなスパートで他の日本人選手を〝一刀両断〟した感じだった。

 今季は障害のないフラットな3000mでも7分48秒07(日本歴代4位)のU20日本記録を樹立。7月14日のホクレン・ディスタンス北見大会5000mでは13分26秒78(U20日本歴代2位、日本人学生歴代8位)の好タイムをマークしている。

 それから3000m障害のスキルも巧みだ。三浦のキャリアを考えると、小中学校時代の「育成」が大きい。三浦の才能と将来性を考えたクラブチームのコーチが、「5000mや10000mよりも戦える」と3000m障害をプッシュ。小中学時代からハードル練習を積極的に取り入れていた。そして京都・洛南高に進学すると、「世界を目指す」という野望を掲げて3000m障害に挑戦。サンショーのエリート街道を突き進んでいる。

 

東京五輪での決勝は8月2日

 三浦が日本選手権でマークした8分15秒99は今季の世界リストで16位。五輪出場枠の各国3人までのリストにすると14位になる。なお、三浦より上位の記録を持つ選手で年下は1人しかいない。日本選手権は三浦が大半を引っ張ったうえに転倒もあった。東京五輪で日本記録をさらに短縮する可能性は十分にあるだろう。

「まずは8分10秒前半を出して予選を通過するのが第一の目標です。そして決勝では少しでも勝負していきたい。日本では3000m障害はまだまだマイナー種目だと思うので、もっと認知してもらえるように魅せる走りをしたいです」

 東京五輪の陸上競技は7月30日から始まる。そのなかで男子3000m障害予選(9時00分)が最初の種目だ。

 同種目のオリンピック最高順位は1972年ミュンヘン五輪の小山隆治で9位。三浦は49年ぶりの日本人最高順位の更新と日本人初入賞(8位以内)に挑むことになる。なお男子3000m障害の決勝は8月2日の夜(21時15分)。19歳の歴史的チャレンジにはどんな結末が待っているのだろうか。