精神医療の手法として薬物によらない「オープンダイアローグ」が注目を集めている(写真:baking/イメージマート)

精神疾患はがん、脳卒中、心臓病、糖尿病に並ぶ5大疾病の一つであり、うつ病や統合失調症などの精神疾患の患者は年々増加傾向にある。近年は適応障害、発達障害、パーソナリティ障害、依存症などをテーマにした報道や書籍も数多く見られ、社会問題としての関心も高い。

そんな中、今注目を集めている新しい精神医療の手法が「オープンダイアローグ」である。精神科医の斎藤環氏はオープンダイアローグを第一線で実践している。漫画家の水谷緑氏と『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院)を上梓した斎藤氏に、対話実践オープンダイアローグの魅力と効果、実践方法、さらに相手を肯定するとはどういうことか、人が人を変えることはできるのか──など、現在の精神科治療の問題点について話を聞いた。(聞き手:長野光 シード・プランニング研究員)

※記事の最後に斎藤環氏の動画インタビューが掲載されているので是非ご覧ください

──オープンダイアローグとは何でしょうか。

斎藤環氏(以下、斎藤):オープンダイアローグとは、精神医療の現場で用いられている、対話実践によるケアの手法の一つです。統合失調症をはじめとする様々な精神疾患を回復に導くことに事実上、成功しているケア供給システムであり、ケアの思想でもあります。その人の異常に注目するのではなく、その人自身が持っている健康のリソース(抵抗力や健康さ、人間関係など)を活用し、増強して回復に導くことを重視しています。

──治療者側と、患者側の患者や家族、親しい友人などが一緒に行うグループトークやグループカウンセリングのようなものですか。

斎藤:見かけ上はそうです。治療チームには、医師の他に、看護師や心理士などがいます。患者チームには、患者本人に加えて家族、友人、患者の主治医といった様々な関係者(「ネットワーク」と言います)が参加します。N対N(チーム対チーム)で対話するというのが、このオープンダイアローグの形式です。

 1対1の二者関係は、人工的で不自然な関係で、共依存にもなりやすく、密室化しやすい。チームでやれば、この二者関係から解放されて、患者だけではなく治療者側も楽になります。また、患者個人のケアだけではなく、患者とその周囲の人間関係のネットワークを修復する効果も期待できます。

──オープンダイアローグでは、リフレクティング(治療者同士が椅子の向きを変えて向き合い、患者について話し合う場)という、治療チームのメンバーが患者の前で、患者の言葉や主張の意味をどう解釈するか、意見交換する独特の時間があります。患者の目の前で、患者本人抜きで、その人についてディスカッションするという行為には、どのような意味や効果、期待があるのでしょうか。

斎藤:リフレクティングで重要なことは、患者に対して共感的に評価し、様々なアイデアを出し合うことです。治療者同士が患者の努力を評価し、「孤独感や不安感があったのではないか」「○○について聞きたいと思った」「治療者が自分の経験と重ね合わせて共感した」など、感想や治療方針についてのアイデアを交わします。

 これを1対1でやると、医者だから立場上そういうふうに言うんだ、と信じてもらえないことがあります。しかし、目の前で複数の人が噂話のように自分のことを話していると、ほとんどの人がその内容を素直に聞いて受け入れます。リフレクティングの効果としては、それが一番大きい気がしています。

 もう一つは自分の問題を外在化できることです。自分の問題について、自分の外側で、複数のメンバーが話し合っていると、その問題をまるで他人事みたいに俯瞰して見ることができるんですね。すると、一人で悩んでいるよりも冷静に判断ができる、という効果があります。

 それから、自己内対話ができるようになります。自分について話している人たちの声を聞いて、自分の中にもいろいろな言葉が生まれてきます。そこはちょっと違うんじゃないかとか、それはその通りかもしれないとか、自分の内面との対話が深まっていきます。