『鬼滅の刃』2巻カバーより、鬼舞辻無惨。

(乃至 政彦:歴史家)

 鋭い視点と丁寧な考察で話題を呼んだJBpressでの連載をまとめた書籍『謙信越山』。著者の歴史家、乃至政彦氏が大人気漫画『鬼滅の刃』を読み解くシリーズ第3弾をお届けする。今回は『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』のDVD/Blu-ray発売に際し、その無限列車編のほんの少し前にあった、ある事件の内実を見直してみたい。(JBpress)

※記事中『鬼滅の刃』のネタバレを含みます。閲覧にはご注意ください。

◉歴史家が考える鬼滅の刃①-1『善逸伝』の一考察(前編)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63127​
◉歴史家が考える鬼滅の刃①-2『善逸伝』の一考察(後編)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63157​
歴史家が考える鬼滅の刃②-1 鬼殺隊の創設と改革に関する仮説(前)
(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63548)
歴史家が考える鬼滅の刃②-2 鬼殺隊の創設と改革に関する仮説(後)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63892

善逸伝の考察修正

 400億の男と呼ばれる炎柱が、痛快無比に大活躍する『鬼滅の刃 無限列車編』も、いよいよ家庭で楽しめることになった。DVD/Blu-rayが発売されたのである。これに際して、今回はその無限列車編のほんの少し前にあった、ある事件の内実を見直してみたい。この記事は『鬼滅の刃』最終回までのネタバレも含まれているので、ご注意を。

 まず最初に、以前行なった『善逸伝』の考察に修正すべき内容があったことを述べておく。本年、発見された進出史料(吾峠呼世晴『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録・弍』集英社・2021)により、『善逸伝』の作者が我妻善逸本人であることが確認された。

 描写から想像するに三人称で描かれ、またその子孫が読んでいたのも原本ではなく、写本であろうことが推測できる。仮説を打ち立てるための情報の取捨選択、および思考プロセスは誤っていなかったが、結論がいささか不正確になったことをお詫びしておきたい。

 さて今回は鬼殺隊ではなく、彼らが追う鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)について考えていく。前回に予告した「鬼舞辻無惨の千年史」はまた今度に譲るとして、ここでは無惨のパワハラ会議と呼ばれる「冷酷無情」な“下弦の鬼解体事件”(俗称「無惨パワハラ会議」)を見てみよう。

 無惨は、なぜ下弦の鬼たちを完全粛清することになったのか?

下弦の鬼はなぜ解体されたのか

『鬼滅の刃』コミックス2巻 吾峠呼世晴(集英社)

 無惨には、十二鬼月という直属の部下がいる。無惨の幹部である。その序列は個体別の戦闘力で定められ、上弦の鬼は壱から陸(ろく)、下弦の鬼も壱から陸がいて、「一番強いのは上弦の壱 一番弱いのは下弦の陸」だという。下弦の鬼はそれでもほかの鬼を圧倒する強さを誇り、鬼殺隊でも「柱」クラスの実力がなければ倒せないと見られている。

 だがある時、無惨は下弦の鬼たちを自身の城に集めるなり、「何故に下弦の鬼はそれ程まで弱いのか」と問い、それだけの理由で「もはや十二鬼月は上弦のみで良いと思っている 下弦の鬼は解体する」とだけ告げ、下弦の鬼たちを皆殺しにしてしまった(第51、52話)。

 この殺戮は、無惨の冷酷で、気まぐれな性格を活写するシーンとして印象されていよう。

 しかし下弦の鬼は柱たちに連敗しているとはいえ、並の隊士をたやすく葬るほどの力量がある。そんな精鋭たちを自らの手で殺戮して何の意味があるのか──と、首を傾げる人は多いようだ。この判断を「論理的ではない」「頭が無惨」と非難する声も多い。

 それにしても、千年もの刻を生きてきた無惨は、決して暗愚ではない。作中描写を見る限り、頭脳明晰で見聞が広く、学識も深いようだ。その無惨が、なぜか下弦の鬼を解体(という名の皆殺し)して、自らの戦力を削ぎ落とした。すると、あの行動にも何らかの合理的な理由があったのかもしれない。

 ただ、無惨はそれを愚鈍な部下たちに説明する必要を覚えなかった。そう考えてみると、およその察しがついてくる。無惨が下弦の鬼を解体したのには、相応の動機があるはずなのだ。