徳島刑務所で服役中の70代男性(写真は本文と関係ありません、写真:ロイター/アフロ)

(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

 日々、犯罪が起きている。

 女子会社員を殺害した無職35歳。女子大生を暴行して強盗強制性交で逮捕された消防士35歳。ガス検針員を装い強盗をした17歳と19歳、おれの彼女にならないなら殺すぞと脅した23歳、入院患者を眠らせてわいせつ行為をした医者29歳、ヤマト運輸従業員の男女二人を殺傷した46歳、女子高生をホテルに連れ込みわいせつ行為をした30歳、元交際女性を殺して自分も自殺した34歳、同居女性を刺した71歳、公衆浴場の従業員を斬りつけて逮捕された54歳。キリがない。

 われわれが日常の感覚で、凶悪な犯罪やわけのわからん犯罪が多いというと、いやいや、統計的には犯罪は減っているんだよ、と得意顔にいう人がいる。それはその通りである。しかし被害者にとって、犯罪統計などなんの意味もない。自分が被害に遭ったことだけが問題なのである。

 犯罪報道に接するとき、わたしたちもまた被害者(になる可能性)の位置から見ているのである。平均寿命であれ、平均年収であれ、犯罪の増減であれ、わたしたちは「平均」や「統計」で生きているのではない。生活感覚や日常感覚に意味はあり、そっちのほうが切実なのである。

いまや刑務所は「健康ランド」

 よくわからないのは、どうして素人が次々と簡単に犯罪を犯してしまうのか、ということである。刑務所に入ることを恐れていないように見える。あるいは自分が捕まるとは思ってないのか、それとも逮捕されてもしょうがないと思っているのか。なかには犯罪を犯したオレ、ということにヒーロー意識をもっている者もいそうである。

 ヤマト殺傷事件の男は、逮捕されたとき、カメラに向かって笑いながらピースサインをし、精いっぱい強がってみせたのである。ようするに後先のことはなにも考えず、その場の感情に支配されてやってしまったというのが大半なのだろう。

 そのような犯罪者の実態を描いた本が、3月末に出版された。美達大和『塀の中の残念なおとな図鑑』(主婦の友社)である。

「現在の刑務所は昔と違って、一種の悪党ランドになりました。(略)工場に出ているチョーエキなら月に5、6回の映画は見られますし、テレビも毎日です。おまけに医療も社会にいたころより、いいと感じる者がほとんどで、健康ランドとなっています」

 刑務所の代名詞だった“臭い飯”も消滅した。いまやそこは「チョーエキたちの笑いが絶えない『明るい世界』というのが現実」である。衣食住が保証されているところから「最後の福祉施設」ともいわれる。