アルカイダも日本も条件を満たさなかった

 それを可能にしてくれるのは外敵だけだ。

 もっとも、どんな外敵でもいいわけではない。米国は敵に2つの要素を求める。

 1つ目は、規模が大きいこと(恐怖を覚えるため)。2つ目は、統治モデルが異なることだ(他者だという感覚が得られるため)。

 2001年9月11日の残虐行為を経てもアルカイダがあれほど短い期間で米国社会から忘れ去られてしまったのは、1つ目の条件を満たせなかったからだ。

 テロはいかに破壊的であっても、あちこちに散らばって発生する、領土を超越したものだ(テロという言葉自体、本来は「恐怖」という意味の抽象名詞だ)。

 2つ目の条件については、好景気に沸いていた時代の日本が満たせずに終わった。

 同じ民主主義国だったために、商売上の手強いライバルから米国民を結束させるほどの敵役へと脱皮するには至らなかった。

 中国はどちらの条件も圧倒的な高得点でクリアしている。

 世界一の座を失うことが気にならない米国人でも、その座を奪っていく国の政治モデルには反感を覚えることがあるはずだ。

 そうなると、因果関係をひっくり返してみたくなる。ひょっとしたら、米国民を団結させるのは共通の敵ではないのかもしれない。

 むしろ、団結している国だからこそ、共通の敵がいるという認識で一致できるのではないか――。