大阪府警におよそ38年間勤務した筆者・村上和郎氏は、そのキャリアの多くを所轄署の鑑識係として送った。その間に扱った変死体は4000体ほど。「死」の原因は、事件、事故、自殺、病気、老衰など様々だが、それらは凄惨な死である場合がほとんど。人生の悲哀が凝縮された死と言ってもよい。過酷な最期を迎えることになった遺体と日々向き合いながら、村上氏は故人に対するリスペクトにも似た気持ちを覚えるようになった。いつしか同僚から「おくりびと」と呼ばれるようになったのも、その気持ちがあったからだろう。

その村上氏が著した『鑑識係の祈り――大阪府警「変死体」事件簿』(若葉文庫)より、一部を抜粋して紹介する。

暴力社長への忠誠心

 平成5(1993)年5月、Jリーグ(日本プロサッカーリーグ)の開幕試合を間近に控え、日本中がサッカー熱に沸いていたある日の午後3時ごろ。夜の当直勤務に備えて刑事当直部屋で身体を休めているところに、直通の外線電話がかかってきた。

 電話の相手は、となりの署の管轄内にある総合病院だった。電話口の女性が事務的な口調で用件を切り出す。

「そちらの警察署の近くの病院から、私どもの病院に搬送されてきた患者さんが亡くなられましたので、検視をお願いします。詳しいことは、担当のドクターからご説明をさせていただきます」

 総合病院からの検視の要請は、患者の死が犯罪の疑いがある「異状死(変死)」であることを示唆している。

 医師法21条では〈医師は、死体または妊娠4カ月以上の死産児を検案して異状があると認めた時は、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない〉と規定しており、医師には異状死を通報する義務がある。