文=渡辺慎太郎

ロールス・ロイスはBMWグループなので、エンジンやボディはドイツで生産、最終のアッセンブリーが英国グッドウッドで行われている。ドイツのエンジニアリングとイギリスの伝統が見事に融合した1台

浮世離れの筆頭

 浮き世には本当にさまざまなクルマがあるわけですが、ごく普通の暮らしをしている人からすればもっとも遠い存在で、まさしく“浮き世離れ”しているようなクルマの筆頭がロールス・ロイスではないでしょうか。自分のような仕事をしていても、ロールス・ロイスと接する機会は1年に1度あるかないかです。

 見かけることもほとんどなく、それに乗ることも買うことも生涯でまずないであろうロールス・ロイスは、いっぽうでおそらく世界最強のブランド力を持ったメーカーだとも思います。

 ロールス・ロイスは基本的にメディアへの出稿をしないし、映画やTVなどとのタイアップや派手なプロモーション活動もやりません。それにもかかわらず、世界中のどこへ行っても老若男女を問わずみんながロールス・ロイスという名前を知っていて、それが高級車のメーカーであると認識しています。この圧倒的な認知度の高さは、通常のマーケティング理論ではちょっと説明がつきません。 

 毎年のように莫大な広告費をつぎ込んでもなかなか知名度が浸透しないブランドからすれば、ロールス・ロイスのそれは驚異的でありきっとすごく羨ましいのではないでしょうか。

 「ロールス・ロイスってどんな感じなの?」とたまに聞かれることがありますが、おそらく「想像すらつかずさっぱりわからない」というのが本当のところでしょう。

ドアが観音開きになっているのは、後席の乗降性をよくするため。ドアの開閉は自動でもできる

ゴーストがフルモデルチェンジ

 ロールス・ロイスのセダンでは、ファントムの次に位置するゴーストがフルモデルチェンジを果たしました。その試乗会が栃木県日光市で開催され、ペアを組んだ某メディアの編集者の方は「ボク、ロールス・ロイスを運転するの今日が初めてなんですよ」とやや緊張した面持ちでしたが、走り出してすぐに「あれ、意外と普通ですね」と肩すかしをくらったようでした。

“脱贅沢”にはとても見えない豪華なインテリア。“上品を極めた”という表現のほうがしっくりくる

 でも、「意外と普通」というのは現代のロールス・ロイスのドライブフィールを表現するのに、もっとも適しているひと言かもしれません。ロールス・ロイスとはいってもタイヤが4つ付いた“クルマ”なんで運転に特別な儀式が必要なわけもなく、ましてや“ゴースト”だからといって宙に舞ったりもしないので、AT限定免許の方でも(それなりの緊張は伴いうかもしれませんが)いつものように運転できます。

 そしてしばらくドライブを続けると、彼が今度は「意外と楽しいかも」と漏らしました。これはロールス・ロイスの狙い通りの印象でもあります。ロールス・ロイスは現行のファントムから専用のプラットフォームを使っていて、SUVのカリナンもゴーストもそれを共有しています。

 

重要視したのは“運転の楽しさ”

 新しいプラットフォームを開発するにあたり、ロールス・ロイスが重要視したのは“運転の楽しさ”でした。シャーファードリブンとしての用途が主で、運転をしないオーナーがほとんどのクルマに“ドライビング・プレジャー”など必要なのかと思うかもしれません。確かに、従来までのロールス・ロイスは静粛性や乗り心地に特化した設計になっていて、ワクワクするような操縦性ではありませんでした。しかし、運転が退屈だとショーファーの集中力は途切れて操作が雑になってしまい、結果として快適なドライブをオーナーに提供できなくなることがあったそうです。「運転が楽しければショーファーはいつまでもステアリングを握っていたくなるでしょう」というのが、ロールス・ロイスの狙いだったのです。実際、新しいプラットフォームになってから、ロールス・ロイスはオーナードライバーの比率が以前よりも増えたそうです。

今回のフルモデルチェンジで、先代のゴーストから流用したパーツはこの“スピリット・オブ・エクスタシー”と備え付けのアンブレラのみだという

 巨大なファントムでも楽しく運転できるので、それよりも小さい(それでも大きいですが)ゴーストの運転がつまらないはずもなく、全長が5.5m以上もあるとは思えないほどよく曲がります。ゴーストは4輪駆動と後輪操舵が装備されているので、4輪の駆動力と操舵角を状況に応じて巧みに制御して、ドライバーの思うがままにクルマをコントロールできるようになっています。

 

数値は名だたるスポーツカーと同等

 エンジンは6.75LのV型12気筒ツインターボで、最高出力は563ps、最大トルクは850Nmを発生します。この数値だけを見ると、名だたるスポーツカーと同等なのですが、もちろんその味付けはスポーツカーとまったく異なるもので、あくまでもジェントルに静々と、でも底知れぬ力強さを持つ動力性能です。そこまでのポテンシャルを試す場所も機会も日本ではないと思いますが、参考までに最高速は250km/hと公表されています。

エンジンはファントムと同じV型12気筒ツインターボ。音はほどんと聞こえないのに、力強い動力性能を発揮する

 静粛性と乗り心地が世界トップレベルにあることに疑う余地は微塵もありません。100kg以上もの吸音/遮音材が適材適所に配置され、外界からの不要なノイズをきっちりと遮断。会話や音楽をゆったりと楽しむラウンジのような環境が整っています。エアサスペンションは路面からの振動の大半を見事に吸収し、ロールス・ロイスではこれを“マジックカーペット・ライド”と称しています。だからといってフワフワしているのではなく、芯がしっかりとある極めて上質な乗り心地で、ステアリングには心地よい手応えも伝わってきます。

 ゴーストのコンセプトは「ポスト・オピュレンス」といって、過度な演出は控えて実質的な魅力や価値を活かす「脱贅沢」を掲げています。庶民感覚からすれば、これでも十分過ぎるほど贅沢なしつらえですが、ショッピングリストにロールス・ロイスが入る方々にとってみれば、ゴーストは「ちょうどいい控え目」なのかもしれません。

今回試乗したのは標準ボディで、ホールベースを伸ばしたゴースト・エクステンデッド(4200万円から)も用意されている