文=田丸 昇

藤井聡太 写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ

「AI超え」が流行語大賞にノミネート

「2020新語・流行語大賞」の候補30語が11月5日に発表された。その半数がコロナ関連の中で、社会部門として「AI超え」がノミネートされた。

 今年6月に将棋の高校生棋士である藤井聡太七段(当時17)が渡辺明棋聖(36)に挑戦していた棋聖戦第2局の中盤で、藤井が23分の考慮時間で指した受けの一手は大半の棋士の意表をつき、当初は好手かどうか疑問視された。人工知能(AI)を搭載した現代で最強というある将棋ソフトも同じ見方だったが、6億手も読んだ結果、最善手であることが判明したという。藤井の読みはAIを超えたとして話題になり、「AI超え」という見出しが新聞に載った。

 今回は、棋士と将棋ソフトの実力差についてまず述べる。その前に将棋ソフトの変遷をたどってみる。

 

人はコンピュータに負けると予想した羽生善治

 コンピュータ将棋ソフトの端緒は、1960年代後半に遡る。日立製作所やNECの研究者がAIを研究する一環として開発した。当初の棋力はかなり弱かった。その後、フリーのプログラマーたちが改良したが、人間が遊び気分で指せる「ペット」のような存在だった。しかし、1990年代に入ると急速に上達した。

 1996年に「コンピュータがプロ棋士を負かす日は?」というアンケートが、棋士に対して実施された。その回答は、「絶対にない」という否定派、「いつか来る」という肯定派など、さまざまであった。

 肯定派の1人で当時はタイトル七冠を独占して最強だった羽生善治九段(50)は、「2015年」と回答した。その根拠は不明で、羽生は時期を漠然と予想したようだ。

 そのアンケート実施から17年後の2013年、若手棋士と将棋ソフトが対局した公式の場で、ソフトが棋士を初めて負かした。羽生の予想より2年早かった。

 将棋ソフトは「ディープラーニング(深層学習)」という手法の導入によって、棋士を凌駕するような強さに進化していった。まさに、ペットから「モンスター」に変貌したのだ。

 その象徴的な出来事は、プロのトップと時の最強将棋ソフトが対局した「電王戦」2番勝負だった。2017年の第2期電王戦では、佐藤天彦名人(32)が将棋ソフト『PONANZA(ポナンザ)』に圧倒されて2連敗した。第1期でもプロが連敗したことから、電王戦は第2期で終了した。「プロの敗戦を見るのはしのびない」という、主催者(IT関連企業のドワンゴ)の配慮が実情だったようだ。