(黒木 亮:作家)

 米国のカラ売り専業ファンド、グラウカス・リサーチが伊藤忠商事にカラ売りを仕掛け、大きな話題を呼んだのは4年前だった。同年、日本電産やサイバーダインも別の米系カラ売りファンドの標的にされ、昨年も米国のマディ・ウォーターズがペプチドリームをカラ売りした。

 欧米のカラ売り専業ファンド(カラ売り屋)は財務諸表を徹底的に読み込み、詳細な分析レポートを発表してカラ売りを宣言する。日本にはこれまで存在しなかったタイプのプレーヤーだ。

 果たして日本に上陸したカラ売り屋たちの戦績はどうだったのか、そしてその要因は何だったのか? 今般、カラ売りファンドをテーマにした経済小説『カラ売り屋、日本上陸』(KADOKAWA刊)を上梓した黒木亮氏が総括する。(JBpress)

欧米のカラ売りと日本のカラ売りの違い

 バイデン氏の当選で日米の株価が上昇している。しかし、今後、増税や新型コロナの感染拡大で企業業績に悪影響が及ぶという見方も根強い。そうした状況を手ぐすね引いて待っているのが、米国に数十あると言われるカラ売り専業ファンドだ。

 日本で「カラ売り」と言うと、バブル期から2000年代初頭にかけて仕手筋が行っていたような、相場操縦に近いイメージがある。常に株価の浮揚を望んでいる政府・証券会社・取引所は、カラ売りを非難したり、規制をかけようとしたりする。

 しかし、欧米ではだいぶ事情が異なる。カラ売り屋(カラ売り専業ファンド)は、企業の財務諸表を徹底的に読み込み、インサイダー情報にならない範囲で可能な限り情報を収集し、株価が割高な企業の株をカラ売りするとともに、詳細な分析レポートで一般投資家に警鐘を鳴らす。いわば「市場の番人」的な存在で、高い知性と調査能力を必要とする「知的な投資行為」である。

 カラ売り屋の存在が一躍クローズアップされたのは、2001年のエンロン倒産事件だ。著名カラ売り屋のジェームズ・チェイノスが、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったエンロンの財務諸表を徹底的に分析し、デリバティブを利用した利益のかさ上げや、SPE(特別目的会社)を使った粉飾決算を見破り、倒産に追い込んだ。

 2008年のリーマンショックの際にも、グリーンライト・キャピタルなどのファンドが、リーマン・ブラザーズ株やサブプライム関連商品をカラ売りして、大きな利益を上げた。

 米国のカラ売りファンドは、ここ10年ほど、粉飾の多い中国企業株のカラ売りで大きな収益を上げ、その余勢を駆って、日本市場にやって来た。