文=小松めぐみ 写真=山下亮一

帝国ホテル 東京 本館17階「インペリアルラウンジ アクア」で10月31日まで提供中の「アガサ・クリスティーの世界を味わう 英国アフタヌーンティー」¥5,610(税サ込)。上段:手前のユニオンジャックを飾った焼菓子「キャラウェイシードケーキ」から時計回りに、「トライフル」「ブレッドプディング」「メレンゲ」。中段:「キッパーズ(ニシンの燻製)のフィッシュケーキ」「ミント香るラムの煮込み」「ロブスターとグリーンサラダ」。下段は「胡瓜とチーズのサンドイッチ」「クランペットとサーモンムース」「マッシュポテトと牛挽肉のキッシュ」。この他、スコーン(レーズン、プレーン)付き

さまざまな作品の料理とお菓子が勢揃い

 ミステリーの女王と呼ばれたアガサ・クリスティーの作品は、謎解きのスリルと同時に、古き良き時代の文化を味わえる点も魅力的。名探偵エルキュール・ポワロや老嬢ミス・マープルが出てくる小説や映画には、必ずといっていいほど洗練された食卓の場面が描かれているため、クリスティー作品を追いかけるようになると、自ずとヨーロッパの食文化に惹かれる。登場人物がこだわる食べ物は、果たしてどんな味なのか? そんな好奇心を満たす英国式アフタヌーンティーが、現在、帝国ホテル 東京 本館17階の「インペリアルラウンジ アクア」で提供されている(10月31日まで)。そこで味わえるのは、さまざまなクリスティー作品に登場するスイーツや料理を、帝国ホテル流にアレンジしたもの。たとえばティースタンドの最上段に盛られた焼菓子「シードケーキ」は、「バートラム・ホテルにて」(1965年)の中でミス・マープルの友人がホテルの給仕長に薦められ、目を輝かせて飛びついた英国菓子だ。パウンドケーキのような生地にキャラウェイやポピーといった香草の種(シード)を練り込んだこの焼菓子は、昔は農作物の収穫と豊穣を願って家庭で作られていたもの。中世のイギリスでは、キャラウェイには人や物を引き留める力があると信じられていたため、盗難防止のおまじないとして、たとえば家畜が盗られないように餌に混ぜて使われてきた歴史もある。プチッとした種の食感が心地よい素朴なシードケーキは、おそらく年配のイギリス人にとっては昔懐かしい味なのだろう。

 中段に盛られた小さなマドレーヌのようなものは、同じくバートラム・ホテルで朝食として出される「キッパーズ(ニシンの燻製)」のフィッシュケーキだ。キッパーとは開いて内臓を取り出した魚を塩漬けにして燻製にする調理法のことで、キッパーにされる魚として一般的なのは、北海で獲れるヘリング(ニシン)。イギリスのホテルやB&Bの朝食ではバターソテーして出されることが多いが、「インペリアルラウンジ アクア」のアフタヌーンティーでは小麦粉の生地に練り込み、セイボリー(塩味のスナック)にアレンジされている。

イギリスのインテリアデザイナー、ジュリアン・リード氏が設計した「インペリアルラウンジ アクア」の店内は、ウッディで落ち着いた雰囲気。窓の外には日比谷公園の緑が広がる。ラウンジの英国アフタヌーンティーを部屋でゆったりと楽しめる宿泊プランも発売中

イギリス伝統の素朴な味わい

 再び上段に戻ると、シードケーキの奥には「火曜クラブ」(1932年)の中で殺人のために毒が盛られたデザート「トライフル」もある。小さく切って洋酒を染み込ませたスポンジケーキとカスタードクリーム、フルーツ、生クリームを重ねたこのデザートは、しっとりと柔らかく、やさしい甘さが特徴。トライフル、すなわち「つまらないもの」という名前の由来は、このお菓子がもともと家庭の台所にあるものを適当に使って作る“つまらないもの”だからだとされている。「動く指」(1943年)に登場する「ブレッドプディング」も、本来は古くなった食パンを利用して作る家庭的なデザート。「インペリアルラウンジ アクア」では、もちろん上等な食材が使われている。

 中段や下段には、伝統的なイギリス料理をアレンジしたひと口サイズの料理がいろいろ。たとえば「クランペットとサーモンムース」は、「ヒッコリー・ロードの殺人」(1955年)の中で熱い紅茶と共に警部に出されたパンケーキ「クランペット」を小型に作り、上品なサーモンムースをのせたもの。表面に無数の気泡の穴が開いたクランペットは、ふんわり柔らかな食感が特徴的だ。一方、「マッシュポテトと牛挽肉のキッシュ」は、牛挽肉の上にマッシュポテトをのせて焼いた伝統料理「シェパーズパイ」をキッシュに仕立てた一品。

 「胡瓜とチーズのサンドイッチ」は、典型的な英国式アフタヌーンティーに欠かせないアイテムだが、その理由は19世紀のイギリスではきゅうりが高価な野菜だったため。かつて貴族がステイタスとして楽しんだきゅうりのサンドイッチは、薄ければ薄いほど上品とされたそうで、今回のアフタヌーンティーのサンドイッチも薄く作られている。ちなみに、グリーンサラダの中にさりげなく使われているロブスターや、松の煙で燻した紅茶「ラプサン・スーチョン」は、アガサ・クリスティーの好物だったとか。

 さて、アガサ・クリスティーが生まれたのは1890年。実は帝国ホテルが誕生したのも同じ年であり、2020年の今年は双方にとって130周年だ。その記念に生まれたコラボレーションアフタヌーンティーを楽しめるバーラウンジは、本館の最上階に位置し、ブリティッシュスタイルの落ち着いた空間も魅力的。古き良き英国ミステリーの世界を、優雅な気分で満喫したい。

AGATHA CHRISTIE is a registered trademark of Agatha Christie Limited in the UK and elsewhere. All rights reserved.

アガサ・クリスティーの小説の表紙をデザインモチーフとした、オリジナルのコースター。10月31日までの期間中に「アガサ・クリスティーの世界を味わう 英国アフタヌーンティー」を注文すると、1人につき1枚プレゼントされる