ハルビンの南郊、平房に残る満洲第七三一部隊の跡地で、ひときわ目を引くのがこのボイラー室。本館や住居などへスチーム暖房を提供する他、実験室では24時間体制で細菌培養を行っていたため、そのためのボイラー室も巨大であった。最盛期には3500名の人員を抱えていた七三一部隊がいかに巨大な施設であったのかを物語っている。ソ連が侵攻してきた報に接し、証拠隠滅を計るため施設は爆破されたが、このボイラー室は完全に崩壊することなく残された。
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(文+写真:船尾 修/写真家)

 この満洲国に関する連載のなかで、「満洲第七三一部隊」について書くかどうか実はずいぶんと迷った。七三一部隊についてはこれまで研究者やジャーナリストたちによっていろいろな形で報じられてきたし、詳細を知りたければ常石敬一氏の著書『七三一部隊 生物兵器犯罪の真実』や青木冨貴子氏の『731 石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』を読めばよい。また森村誠一氏による『悪魔の飽食』はベストセラー作家による著書であったため発表当時は大きな話題を呼んだ。

 しかし私が迷ったというのは、記事の内容が二番煎じになってしまうことではない。七三一部隊のやってきたことがあまりにも非人間的で残虐なため、それらを蒸し返すことに対して気が進まなかったからだ。それでもやはり書こうと思ったのは、生体実験という倫理的にとうてい許されない行為がなぜあの時代に行われたのか、それも正規の軍人ではなく医者や研究者の手によって行われたのはなぜなのかを今一度私なりに考えてみたかったからである。

 そしてその検証を行うことが結局は「満洲国とはいったい何だったのだろうか?」という問いに対する答えにつながるような気がした。さらには人間性を奪い去る軍隊のシステムやその延長線上にある戦争というものを紐解く手掛かりになるかもしれないと思ったからだ。

古代ギリシャ、ローマ時代からあった生物兵器

 新型コロナウイルスの感染拡大が始まって早や7カ月が過ぎた。人類にとって未知のウイルスであり、また当初は感染率・死亡率ともに非常に高いと思われたため、世界中の人々をパニックに陥れた。その結果、人的移動が大幅に制限されることになり、戦後最大ともいえる大きな経済的打撃を受けることになった。

 国境が封鎖され、人的・物的移動だけでなく行動までもが制限され、人々は見えない「敵」に怯える。私たちが今暮らしているこの世界で起きている事象はまさに戦時下と何も変わるところがない。戦争と明確に異なるのは、「敵」が国家という人間の意識の集合体ではなく、自然界に存在するウイルスであるという点だ。