(英エコノミスト誌 2020年9月5日号)

米ウィスコンシン州ケノーシャで、暴動に発展した現場を視察するドナルド・トランプ大統領(9月1日、写真:AP/アフロ)

11月の開票結果が争われるようなことになれば危険だ。

 米国では9月の第1月曜日「レイバー・デー(労働者の日)」の祝日から大統領選挙が追い込みに入る。

 今回の選挙は、醜い事態になる恐れがある。オレゴン州ポートランドでは、現職大統領の支援者が「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」運動の参加者と衝突している。

 ドナルド・トランプ大統領は、焼け落ちた建物を背景に写真を撮影する場を設けるためにウィスコンシン州ケノーシャに飛んだ。

 武器を持たないアフリカ系米国人の男性を警察が銃撃して下半身マヒの障害を負わせ、大統領を支持する若者が(ひょっとしたら正当防衛かもしれないが)デモ参加者2人を銃で殺害した1週間後のことだ。

 治安の悪化への恐怖を追い風にする戦略を取ってきただけに、大統領は恐怖心をあおることに関心がある。

 米国人の多くは、11月の大統領選挙は民主主義のスムーズな運用ではなく、暴力を伴う仲違いや憲政の危機の先触れになる恐れがあると懸念している。

 大げさだろうか。いや、米国では過去にも、暴力が振るわれたり開票結果に異議が申し立てられたりした例がある。

 1968年には候補者の一人だったボビー・ケネディが暗殺された。1912年にはセオドア・ルーズベルトがウィスコンシンで演説中に銃で胸を撃たれた(演説を終えてから病院に向かい、命を取り留めた)。

 1876年の選挙については、誰が本当の勝者だったのかという論争を歴史家たちがいまだに繰り広げている。

 それでも、米国では、最後には必ず敗者の同意を得て大統領選挙を決着させてきた。南北戦争の最中でさえそうだった。

 この長きにわたる伝統は、不吉な予感がしても冷静さを保つ必要があることを示唆している。しかし、今年の11月には話がこじれる本物のリスクが存在する。