(英エコノミスト誌 2020年8月15日号)

民主党の副大統領候補になったカマラ・ハリス氏(8月14日、写真:ロイター/アフロ)

 今から1年以上前のこと。

 新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的な大流行)が伝統的な選挙活動に終止符を打つ前、ゴードン・ソンドランド氏やレブ・パーナス氏など、ドナルド・トランプ大統領の弾劾裁判で名前が出てきたマイナーな人物のことを誰も聞いたことがなかった頃に、民主党は一つの問題を抱えていた。

 大統領選挙に向けた候補者討論会を20人もの候補でどう開くか、という問題だ。

 結局、全員でくじを引き、10人が初日の夜、10人が2日目の夜に討論することで問題を解決した。

記憶に残る討論会での応酬

 討論会で唯一記憶に残る瞬間は2晩目に訪れた。

 かつて人種差別撤廃のために連邦政府が義務づけたバス通学制度に反対したこと、さらに人種隔離主義の上院議員2人に甘い感傷を抱くことについて、カマラ・ハリス上院議員がジョー・バイデン前大統領を痛烈に批判した時のことだ。

 ハリス、バイデン両氏は、候補者の顔ぶれの中で中道派の大物だった。

 世論調査ではバイデン氏がリードしていたが、多くの人はこれを、ただの認知度の高さとして一蹴していた。遊説ではぱっとせず、話があちこちに飛び、反応が半歩鈍かった。

 2016年に上院議員になる前にサンフランシスコ地方検事とカリフォルニア州司法長官(5000人の部局を運営した)を歴任しているハリス氏は、進歩派と非白人有権者、若者による「オバマ連合」を再度結集できる最有力候補と見なされていた。

 両氏の応酬について人々が覚えているのは、白人が過半数を占める学校へバスで通ったことに言及し、「その少女は私だった」と語ったハリス氏のセリフだ。