兵糧の確保は戦略の生命線。撮影/西股 総生(以下同)

(城郭・戦国史研究家:西股 総生)

兵糧攻めは味方も大変?

 城を攻めるには、いくつかの戦法がある。代表的な戦法の一つが、力攻め(強襲)。敵の城に向かって弓・鉄炮を射かけ、一気に突入をはかるやり方だから、成功すれば勝負は早いが、味方も多くの死傷者を出す怖れがある。ハイリスク・ハイリターンな戦法だ。

 これに対し兵糧攻めは、敵の城を囲んで補給路を断ち、相手が戦意や戦闘力を失うのを待つやり方だ。時間と手間はかかるが、味方の損失は少なくて済む・・・などと、したり顔で書いてある本が多い。

 でも、はっきりいって、これは戦争という営みの実態を、まったくわかっていない人の解釈だ。平和ボケした歴史家の、脳内お花畑的な妄想、といってもよい。

 なぜなら、敵の城を囲んでしめ上げるためには、籠城側に数倍する兵力が必要となるのが普通だからだ。というか、そもそも兵力差がはっきりしていて、野戦でまともにやりあっても勝ち目のない側が、籠城という戦法を選択するのである。攻守で最初から兵力差があることを前提に起きるのが、城攻めという局面なのである。

写真1:山形県の畑谷(はたや)城。最上義光が敵の侵攻を食い止めるために築いた城だが、1600年に直江兼続の猛攻により一日で落城。攻め手の中には前田慶次もいた。

 攻撃側は、籠城軍の数倍の兵力を擁しているわけだから、兵糧も数倍を要する。しかも、長期間の籠城戦が起きるのは、武将の居城や、戦略的に重要な拠点クラスの城だ。前回の「城には必ず水の手があるってホント?」で説明したように、作戦上の必要から前線に築かれるような城では、長期の籠城戦は起きにくい。

写真2:岡山城天守。左手に付属する建物は「塩蔵」と呼ばれており、城の中枢部に食料庫が設置されていたことがうかがえる。現在の建物は鉄筋コンクリートによる再建。

 となると、籠城側はあらかじめ城内に、兵糧や生活必需品などを蓄えている場合が多い。敵の侵攻が間近いとみたら、領内から兵糧をかき集めることもある。対する攻撃側は、敵の領内ふかく侵攻するわけだから、自分たちの領内から兵糧を運んで、前線に補給しなければならない。しかし・・・