英語習得はけっして楽ではなく、長期間の地道な努力が不可欠である

(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

 英語習得は日本人にとって永遠のテーマである。永遠のコンプレックスであり、ゆえに永遠の悲願でもある。

 敗戦直後の1945年、「日米会話手帳」が出版されるや400万部の大ベストセラーになり、翌年に始まったNHKラジオの「英語会話」も大ブームになった。日本人のこの、一夜にしての変わり身の早さの軽薄さはともかく、以来75年、日本人はその英語熱に反して、いまだに英語をしゃべれていないのである。75年間、成長なし。英語学習はもう日本人にとっての宿痾(しゅくあ)だといってよい。

 しかし、いくらなんでもこれはおかしいのではないか。われわれは中高で6年間、大学を入れれば10年間も英語を学んできたのである。それが大人になっても日常会話ひとつできないのである。そこでいまだにテレビのクイズ番組などでは、タレントや芸能人が四季や七曜や月の名をいえたりすると、周りから歓声や拍手が湧きおこり、本人はドヤ顔、てなことをやっているが、これが日本国民の一般水準といっていいのか。

 結局、日本人が英語ができないのは、あまりにも読み書き偏重や文法偏重の英語教育しかしてこなかったからだ、と人々は文科省や教師のせいにした。これはある意味正しい。結局、英語はしゃべれず、コンプレックスだけが植え付けられることになったからだ。

 そこから会話重視への転換や外国人教師(ALT、外国語指導助手)の導入が進み、英語教育は生まれ変わったように思われるが、はたして顕著な効果は出ているのか。どうもそうは思えない。日本人にとっての英語教育の必要性の意味が根本的に変わっていないからである。

十全なトレーニングをしていないから

 なぜ日本人は英語ができないのか、どうしたら話せるようになるのか、そのほか英語学習全般に関するあらゆる疑問に明確な回答を示している最良の英語本がある。里中哲彦氏の『日本人のための英語学習法――シンプルで効果的な70のコツ』(ちくま新書)である。

 里中氏は河合塾の英語の先生で教員歴は34年、生徒たちに絶大な人気があるカリスマ講師である。これほど経験と実力と思索に裏打ちされた信頼できる本はすくない。ただしこの本は基本的に「学びなおし」のための本、つまり社会人のための本である。

 里中氏は、日本人はなぜ英語ができないのかに答えて、われわれ自身が「英語という言語を身につけるための十全なトレーニングをやってこなかったからです」と一刀両断である。