与党の暴走リスクを抱えながらの政権運営を強いられるインドネシアのジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナ感染者数と同時に増加する数値

 3月初に新型コロナウイルスの第一感染者が確認されてから、2カ月で1万人を突破したインドネシア。現在は世界平均と同等の7%程度に低下したが、4月上旬の致死率9.5%は世界的に見ても高く、その対策は国際社会から批判されている。

 インドネシア政府は4月3日に新たな保健省令を発効し、自治体が発行するガイドラインに基づく強制性の低い行動制限「大規模社会的制限(PSBB)」を発動した。

 この実行性担保を目的として、警察長官は翌日に5つの警察内部向け通達文書を発出したが、この中の一つ「サイバー空間での犯罪対応について」に注目が集まっている。政府・大統領への侮辱行為を告発する項目が含まれていたのだ。

 コロナ禍で政府への侮辱行為の容疑で逮捕された人数は、公開された情報だけでも3名以上。この容疑による身柄の拘束は、ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領が着任した2014年7月から2020年3月の新型コロナ流行前の6年間でたった10人程度。ここ2カ月の間に政府のコロナ対応を侮辱したことで逮捕された人数は。明らかに特異に見える。

 新型コロナ感染者数と同時に増える政府批判の逮捕の裏には、インドネシアで起きている政界でのうねりが透けて見える。

世界4位の経済大国になるインドネシア

 国連が定めたSDGs(持続可能な開発目標)が達成される2030年、インドネシアは日本に迫る経済大国になっている。金融機関などが示す将来のGDPランキング(購買力平価ベース)において、2030年のインドネシアのGDPは中国、アメリカ、インドそして日本に続く世界5位になる見通しだ。2050年にはさらに順位を上げ、世界4位になるとされている。

 2005年以来、インドネシアは安定的に年間5%以上の成長を遂げており、2020年末には人口2億6000万人の2割が「中間層」(日平均出費額が2~20 ドル)に達する見込みだ。

 活況な個人消費を加速させるキャッシュレス化とEC(電子商取引)化も進んでおり、関連ビジネスもアジアをリードしつつある。インドネシアのユニコーン企業(評価額が10億ドル以上の未上場のスタートアップ企業)の数は東南アジアで最多の5社であり、消費者間取引の市場を牽引する存在だ。

 2030年に人口ボーナス期に突入し、人口の成長と同時に生産年齢人口比率は59%から64%に伸長することを考えれば、今後もさらなる経済発展が期待できるだろう。

 そんなインドネシアの国内政治が、大きな転換点を迎えている。

 中国の習近平国家主席、ロシアのプーチン大統領、そしてトルコのエルドアン大統領など、インドネシアが横目で見る旧来の「大国」が長期政権による国家主義的な様相を強める中、世界4位の経済大国になるこの国が独裁政権に回帰する兆候が見えている。

圧政のスハルト政権、混沌のジョコウィ時代

 現在こそ民主国家であり、世界最大規模の2億人近くを巻き込む大統領選挙を5年に一度行うインドネシアだが、かつては「新秩序」という名の独裁政権が32年間も続いており、軍出身のスハルト元大統領が絶対的存在だった。

 国の隅々まで政府の監視が行き届いており、言論の自由は皆無。スハルト家とその側近者たちによる汚職も絶えなかった。スハルト大統領自身は3兆5000億円規模を横領したとされ、最も腐敗したリーダー「The World’s All-time Most Corrupt Leader」(Transparency International)の1位になった。民主国家として当時も選挙は実施されたものの、国民協議会(上院にあたる地方代表会議と、下院にあたる国民議会で構成される立法府)による間接選挙のうえ、そもそも実質的に一党制度のため、スハルト氏の当選は確実だった。

 そして1998年アジア通貨危機とともに、大規模ストライキでスハルト政権は閉幕。インドネシアで民衆主権の時代が始まったが、このとき国民が謳歌した自由は度が過ぎていた。言論の自由の過剰な開花が引き起こした問題として、最も深刻だったのはイスラム過激主義の蔓延だった。さらに地方分権が進展したことにより、国家予算の流れが不透明になったという面もある。そして、人権問題や汚職が後を絶たない混沌としたときに国民に希望を与えたのが、現大統領のジョコ・ウィドド氏だった。