大阪・西成の「あいりん地区」で炊き出しの列に並ぶ人々(写真:Richard A. De Guzman/アフロ)

 20年前の惨状は、街の記憶に深く刻み込まれている。

 新型コロナウイルスの感染拡大によって、飲食業や宿泊業などは既に大打撃を受けている。緊急事態宣言に伴う外出自粛要請が長引くであろうことを考えれば、今後は製造業を含め、幅広い業種に影響が拡大していくのは間違いない。

 そんな近未来に身構えている街がある。大阪・西成区のあいりん地区(通称、釜ヶ崎)である。

生活困窮者が路上にあふれ出す可能性

 高度経済成長期から90年代まで、日雇い労働者と、労働力を求める企業をつなぐマッチングの場として活況を呈した釜ヶ崎。だが、現在は高齢化が進んでおり、65歳以上の男性高齢者が41%を占める。貧困も進んでおり、生活保護受給世帯は大阪市の5%に対して、釜ヶ崎は40%に達している。

 この街が今、懸念しているのは失業に伴うホームレスの急増だ。その兆候は既に現れている。

 ホームレスなどの自立支援を手がけるNPO釜ヶ崎支援機構など、大阪でホームレス支援をしている団体は4月23、24日に合同で、仕事を失うなどした人向けに、仕事の斡旋や生活保護の申請サポートなどの相談会を実施した。相談会には20代から80代まで、仕事を失った36人が訪れた。

「ゴールデンウイーク中も相談会を開催するべく準備している。今の状況を考えれば、5月、6月と相談者が増えると思う」。相談会を開いた釜ヶ崎支援機の小林大悟氏は言う。

 安価な簡易宿所(通称ドヤ。風呂トイレ共同、三畳一間の安宿)に流れ込む困窮者も増えつつある。

 釜ヶ崎で簡易宿所や外国人旅行者向けのホテルを運営するホテル中央グループには、ネットカフェの休業などで寝る場所を失った人々が集まり始めている。「ネットカフェ難民は(ホテル中央グループで)14~15人ほど。中には、来月の宿泊代を払えないという人もいる」(大阪府簡易宿所生活衛生同業組合の杉浦正彦事務局長)

 1泊2000円前後の簡易宿所は、いわば日雇い労働者や生活困窮者のラストリゾートとも言える存在だ。だが、日々の収入が断たれれば、路上に出て行くほかにない。

1998年の路上生活者は8660人!

 今から20年ほど前、釜ヶ崎には野宿者が激増した時代があった。1990年代後半から2000年前半にかけての不況期である。不良債権処理に伴う金融危機や公共事業の削減によって、釜ヶ崎の日雇い求人数は激減、ピークだった1989年に比べて3分の1程度に減少した。

 その中で、特に打撃を受けたのが中高年の労働者だった。若い労働者に比べれば、年を取った労働者は体力に劣る。加えて、年を取れば取るほど事故などのリスクが増える傾向にある。日雇い仕事が急減する中、純粋な生産性という面と労災リスクの両面で、高齢の労働者ほど仕事からあふれたのだ。大阪市の「野宿生活者概数・概況調査」(調査は委託を受けた大阪市立大学)によれば、1998年に路上生活者は8660人を数えた。

 この時、立ち上がったのは行政ではなく地元のコミュニティだった。とりわけ、ホームレスのサポートという面で力を発揮したのが、1999年に労働団体や福祉施設のメンバー、簡易宿所の経営者、西成労働福祉センターの職員などによって設立された「釜ヶ崎のまち再生フォーラム」である。