手を洗う英国・ロンドンの土木技師(2020年3月3日、写真:Photoshot/アフロ)

(矢原 徹一:九州大学大学院理学研究院教授)

 先日(2020年3月9日)、JBpressに伊東乾さんの執筆による「新型コロナウイルスから身を守る正しい撃退方法」という記事が掲載されました。新型コロナウイルスから身を守るうえで、科学的知識を持つことがもっとも大切だという点で、私は伊東乾さんとまったく同じ意見です。そこで以下では、ウイルスについて研究論文を書いている者として、伊東さんの記事に補足解説を加えたいと思います。

 なお、「新型コロナウイルス感染予防の科学 入門編」というスライド教材を作成しウェブ上で公開しています。以下の解説よりもさらに多くの情報を掲載していますので、あわせてぜひご参照ください。

ウイルスは生きている

 さて、ウイルスは「生物」でしょうか、「非生物」でしょうか。私は、「不完全な生物」と考えるのが良いと思います。ウイルスは生物の特徴をすべて持っているわけではありませんが、「増える」「進化する」という生物らしい特徴を持っています。また、ウイルスはDNAまたはRNAという遺伝情報を持つ物質に加えて、生命活動をになうたんぱく質を持っています。さらにコロナウイルスやインフルエンザウイルスは、エンベロープと呼ばれる脂質二重膜でRNAを守っています。

 ウイルスが増えるためには、DNAまたはRNAを複製するだけでなく、たんぱく質や脂質を合成する必要があります。これらを合成する上では、その素材となる分子と合成に必要なエネルギーを宿主から奪う必要があり、この過程はウイルスが「餌をとる」行為とみなせます。ウイルスが私たちの体内で増えるときに、私たちはたんぱく質の素材となるアミノ酸や細胞内の化学反応を動かすためのエネルギー分子(ATP)をウイルスに奪われます。このプロセスは、ウイルスに食われている、と考えていただいて構いません。ウイルスにアミノ酸やATPを食われる(奪われる)から、私たちは病気になるのです。

「宿主からアミノ酸やATPなどを奪って増える」という性質に加えて、ウイルスはもうひとつ生物らしい性質を持っています。それは進化することです。