ティッシュペーパー、トイレットペーパーの棚はからっぽ(大阪のドラッグストアで、写真:アフロ)

(勢古 浩爾:評論家、エッセイスト)

 テレビは連日、コロナウイルス報道である。もうさすがにうんざりする。毎日毎日「感染、拡大止まらず」「警察官初の感染」「大分県初の感染」「広島県初の感染、8回受診して検査行われず」「どこどこで1人、どこどこで2人」「クラスター感染か」「依然つづく“トイレ紙”不足」。もう気が滅入る。テレビのワイドショーはどの局もくどくて、しつこい。報道の仕方に相変わらずの違和感しかない。

 感染の世界流行(パンデミック)になるのか、その逆に、いつごろ収束しそうか、東京オリンピックは大丈夫なのか、世界経済はどうなるのか、といった大問題は個人にはどうしようもない。いずれなるようになるだろうと思うしかない。わたしが関心をもつのは、一つひとつのもっと小さい事象や身の回りの人々の反応である。われわれの生活にとって問題になるのは、いつも小さなことや一人ひとりの人間の言動である。

クラスターなんて言葉使うんじゃないよ

 いまやコロナウイルスの感染は世界中に拡散している。100か国を超え、アフリカも南米も無関係ではなくなった。だがこの「拡散」もじつは実態にはそぐわない。それはともかく3月6日の時点で、日本国内感染者はクルーズ船を含めて1054人だが、退院者は250人である。退院した人の数は感染者数から引かれないのか。中国では、感染者が8万651人だが退院者は5万5000人である(死者は3070人)。日本の回復率は約25%、中国は68%である(世界の回復率は約55%)。それにしても厚労省、もっと見やすい統計表にしろよ。それとも見せたくないのか。

 2月25日、新型コロナウイルス感染症対策の基本方針が発表された。「感染の流行を早期に終息させるためには、クラスター(集団)が次のクラスター(集団)を生み出すことを防止することが極めて重要であり、徹底した対策を講じていくべきである」なんてことをいっていた。わたしはこれをテレビで見ながら、「エラソーに。クラスターなんて言葉使うんじゃないよ」と思った。クラスター(cluster)とは、「英語で『房』『集団』『群れ』のこと」だ(ウィキペディア)。専門家が使った言葉をそのまま発表に使っているのである。国民にわかるように説明しようという気がまるでない。この発表を見ていた毎日新聞の与良正男記者が「そんな言葉使うなよ」といっていた。正しいし、適切な反応である。

 テレビでは「感染者の拡大止まらず」というが、それに伴って「大バカ者の拡大止まらず」で、日々、バカが続々出現しているのには笑わせられる。とくにわたしの印象では、40~50代のおやじにバカが多い。男らしいだろというように「感染したらあとは死ぬだけよ」とドヤ顔のおやじ。感染したらもう死ぬと思っているのである。バカでしょ。