(尾藤 克之:コラムニスト、明治大学サービス創新研究所研究員)

 何気ない日常生活の中で、われわれは突如としてトラブルに巻き込まれてしまうことがあります。電車内でのトラブルなどはその典型でしょう。

 最近は新型コロナウイルスに対する警戒心が強くなっているため、咳込む乗客の近くに座っていた男性が通報ボタンを押し口論となり最寄り駅で降ろされる、というトラブルがニュースで取り上げられるほどです。

 ただ、車内トラブルで最も注意しなければならないものは、痴漢ではないでしょうか。もちろん痴漢は卑劣な犯罪です。決して許すことはできません。

 しかし一方では、被害者の勘違いや人違い、あるいはでっち上げによって無実の人が痴漢の犯人にされてしまうケースも散見されます。

 しかも最近は、鉄道会社側が痴漢の「犯人」に対する対応マニュアルを用意しているようで、被害を訴える女性の意見だけで痴漢が成立することも明らかになっています。それが、痴漢には冤罪も少なくない一因になっているようです。あろうことか、中には示談金目当てで被害を申告する悪質な常習者もいるといいますから、こうなると「痴漢」と名指しされた側はたまったものではありません。

痴漢の冤罪晴らすには「悪魔の証明」が必要

 本来、刑事法上の基本準則として「疑わしきは罰せず」という考え方が存在します。しかし、痴漢に関してはこの原則が機能していないように思います。「していないこと」「やっていないこと」を立証することを「悪魔の証明」といいます。たとえば、「この電車には痴漢がいる」という事実は、痴漢を逮捕すれば立証が可能です。

 仮にA氏が逮捕されたとします。しかし、A氏は無罪を主張しています。痴漢であることを立証するのは検察官になりますから、この時点では、A氏が無罪であることを立証する必要性はありません。痴漢の場合は、被害者の証言が優先されます。被害者の証言により事実が立証されれば、A氏は「痴漢ではないことの立証(証拠)」が必要になります。

 A氏が乗客を全員調べて「痴漢でないことを立証」することは実質不可能ですから、「悪魔の証明」です。そのため、物理的に痴漢行為ができない(位置が遠いので行為をすることは不可能)などを指摘して、矛盾を崩すことがおこなわれます。しかし、起訴後99%有罪、起訴率35%の状況を考えれば、無罪を勝ち取ることは簡単ではありません。