(写真はイメージです)

(安田 峰俊:ルポライター)

 1999年に開設された「2ちゃんねる(以下、2ch)」はかつて世界最大規模のネット掲示板として名を馳せたが、2010年代初頭からユーザーの高齢化や運営者の内紛などを理由に、ごく一部の板(コミュニティ)を除いて勢いを失った。2017年には「5ちゃんねる」に改名され、分派として開設された類似サイトもあまりパッとしない。

 ただし往年、2chが日本のネットカルチャーを代表する存在だったのも確かだ。不謹慎ネタを好み「便所の落書き」と揶揄される劣悪なデマや誹謗中傷が渦巻いていたいっぽう、タテマエやきれいごとを嫌うカルチャーゆえに、大手メディアが報じない際どい情報や庶民の本音が大量に書き込まれていた。加えて当時は2chが情報の「最先端」だったことで、一部のインテリ層と思われる人々も活発に書き込みに参加していた。

 度の過ぎた悪ふざけや暴露行為と、たまに見せる意外な頭の良さと反権威性。ゆえに黄金期の2chは、良識ある世間から問題視されつつも怪しい魅力を放っていた。現在の日本で活躍しているクリエイターには、2ch(およびその文化的影響から生まれたニコニコ動画・新都社・各種のまとめブログなど)から世に出た人も少なくない。

 代表的なところではミュージシャンの前山田健一(ニコ動出身)や『ワンパンマン』作者のONE(新都社出身)、2019年に松本清張賞を受賞した小説家の坂上泉(2ch「やる夫スレ」出身)らが挙げられるが、他ならぬ私もその一人だ。かつて非正規労働者だった私は、中国の大規模掲示板『百度貼吧』のスレッドを2ch風に翻訳したまとめブログを運営していたことで2010年に書籍の出版を打診され、結果的に中国ライターとして身を立てている。

 現在30代くらいの日本の表現者にとって、若いころの2ch系メディアでの活動歴が「黒歴史」になっている人も多いだろう。とはいえ、あの無法地帯的な怪しい空間が、なんらかの文化の揺籃の地になったことも確かである。

中国に染み出した2chカルチャーの「その後」

 いっぽう、かつて2ch文化は中国にも浸透していた。現在はTikTokやスマホゲームをはじめ中国発のネットカルチャーが大量に日本に流入しているが、2chが隆盛を極めていた2000年代の時点では「先進国」の日本から発展途上国の中国へと文化が一方的に流れ込んでいたからだ。

 例えば、「自重」「厨房」「ネ申」「wwww」といった2ch語が中国のネットスラングとして定着しかけたほか、ニコ動やふたばちゃんねるで人気だった東方Project系のネタ、さらには現在の価値観では大きな問題がある淫夢ネタや恒心教ネタ(内容は詳述しない)なども含めて、萌えと悪ふざけと反権威主義がないまぜになった2ch系文化のノリが、当時はかなりの程度で中国のネット空間に輸出されていた