今年4月13日に開催された首相主催の「桜を見る会」(写真:つのだよしお/アフロ)

「桜を見る会」が炎上しています。

「二階から目薬」ならぬガソリンも注がれているようで、一定の確率でこの問題は政権交代に直結する可能性があるかもしれません。

 政局に関わる問題は、ジャーナリストの記事がいくらでも出ると思いますので、例によってこのコラムしか切り取らない本質的な断面をお目にかけたいと思います。

 以下、本質的なポイントを2つ、最初に明記しておきましょう。

本質1 功労があった人を招待するというのは本末転倒

本質2 内閣総理大臣の主催で行われるのは苦し紛れ

 この2つをつまびらかに示したうえで、現在のケチがつきまくってしまった完全に変質した「桜を見る会」はいったん廃止し、新たな形で原点に立ち戻って考え直すことを勧めたいと思います。

68年の伝統?
ご冗談でしょう、陣笠先生

 まず、見ていて失笑せざるを得ないのが「桜を見る会」が1952年、すなわち昭和27年に始まった「伝統」で、すでに68年の歴史が・・・という寝言です。

 まず年号を、目の玉をこすってよく見ることをお勧めします。1952年とは、我らが日本国にとって、いかなる年であったか?

 1945年8月、日本には広島と長崎、2発の原子爆弾が投下され、同15日に日本は無条件降伏、ダグラス・マッカーサーが厚木に飛来し、日本は進駐軍がコントロールするGHQの支配体制下に置かれます。

 この状況が解消するのは1951年9月8日、サンフランシスコ講和条約が締結されて以降のことです。

 また、この時同時に日米安保条約も締結されていることにも注意しておきましょう。