2019年のノーベル経済学賞を受賞したアビジット・バナジー氏(左)とエスター・デュフロ氏(提供:Bryce Vickmark/MIT/UPI/アフロ)

 10月後半からの相次ぐ天災人災で、後回しになってしまったノーベル賞解説、今年の経済学賞を考えるうえで、実に「典型的」な発言がありました。

「身の丈にあった受験」という、某国の文教閣僚による発言です。

 このようなことがあってはならないというのは、ステートメントとしては、つまり理念としてはよく分かります。

 しかし、では「正しい理念」を押しつけるだけで、問題は解決するのでしょうか?

 私はここ22年、国立大学に教籍をもっていますが、試験とは筆記式のテストだけで、それ以外は便法の偽物だと思っています。

 しかし50万人の受験生に、2週間程度の採点期間で、公平に実施できる記述式試験などというものは原理的に困難です。

 なぜ困難か、モデルを立ててシミュレートすれば、理論的に確実に評価することができますから、考えのない拙速な導入は教育破壊の行為であると明言することになります。

 同様のことが「貧困撲滅」にも当てはまります。

 一部の人を貧困状態にとどめ置くのは良くない・・・。

 しかし、いまや日本を含む全世界が、一部の人ではなく市民の大半をその淵に押しやりかねない勢いです。

 さて、今年のノーベル経済学賞を「米国の3氏」と報道するメディアがありましたが、まさに笑止千万と言わねばなりません。