(英フィナンシャル・タイムズ紙 2019年10月25日付)

英国のマーガレット・サッチャー元首相

 今から30年前、欧州の歴史が一つの転換点にさしかかっていた時に、英国のマーガレット・サッチャー首相はソビエト連邦のミハイル・ゴルバチョフ書記長と会談すべくクレムリンに赴いた。

 首相はこれより前に、ゴルバチョフ氏を「一緒に仕事ができる」人物だと評していた。

 この会談の時点で、ソビエト共産主義の土台にはヒビが入っていた。ハンガリーは国境に張っていた有刺鉄線を除去し、東ドイツの国民は西方に逃げ出していた。

 ベルリンの壁が崩壊するのは、それから数週間後のことだ。

 サッチャー氏に同行した記者団にとって、このソビエト訪問はもっと些細な理由で記憶に残る旅だった。

 日本訪問を駆け足で終えた首相の一行は、東京から飛行機で移動した。乗り込んだのは、年季の入った英国空軍機「VC10」。

 数十年前なら最新鋭機だったが、1989年当時の基準に照らせば乗り心地が悪くて音がうるさく、後部の座席に座っている人にとっては閉所恐怖症になるほど窮屈だった。

 航続距離にも限りがあったため、シベリアにある吹きさらしの空軍基地に立ち寄って給油をした。すると、ソビエト空軍の大柄な将校が2人乗り込んできた。