(写真はイメージ)

 私たちは元素についてどれほど理解していて、どれほど使いこなせているのだろうか。

 これまで人類は物質への理解を深め、使いこなすことで豊かな生活を築き上げてきた。例えば、食器やドアノブなど日常のあらゆるところで使われているステンレス。鉄にクロムやニッケルを組み合わせることで、空気中で容易に錆びてしまう鉄の性質を克服した好例だ。

 現在、文部科学省の科学研究費助成事業(科研費)・新学術領域研究で「ハイドロジェノミクス」(hydrogenomics)というプロジェクトが進んでいる。さまざまな分野の研究者が横断的に水素について研究を進め、水素の力を最大限まで引き出すことがプロジェクトの狙いだ。

 なぜ今、水素なのか。水素の可能性を切り開いた先にどのような未来が待っているのだろうか。領域代表である折茂慎一氏(東北大学教授)に伺った。(梶井 宏樹:日本科学未来館 科学コミュニケーター)

水素は最も「変幻自在」な元素

──ここ最近、東京では水素を燃料とした燃料電池タイプの都営バスが走っている風景が日常となりました。東京五輪においても水素が聖火の燃料として検討されているなど、東京で暮らしていると、水素社会の足音がすぐそこまで迫っているような気持ちになります。まず、水素とはどんな元素でしょうか。

折茂慎一氏(以下、敬称略) ご存じの通り、水素は原子番号1の最も基本的な元素で、酸素(O)と反応しても原理的に水(H2O)しか出ないクリーンエネルギーとして世界中で注目されています。日本では水素社会の実現を目指し、2017年12月に水素基本戦略が策定されました。