コープ・ビジターセンターの資料館前にいた片足を失った青年(筆者撮影)

(PanAsiaNews:大塚智彦)

 東南アジアの最貧国といわれ、日本から直行便が唯一ない東南アジア諸国連合(ASEAN)の国、それがラオスである。

 ラオス人民革命党による一党支配の社会主義国家であるが、ベトナム戦争中には北ベトナムの「南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)」による南への物資兵員輸送ルートである「ホーチミンルート」が通っていたことから「中立国」であったにもかかわらず米軍の猛爆撃を受け、約200万トンの爆弾が投下され、「世界で最も空爆を受けた国」と言われている。

 ホーチミンルート破壊のために投下された爆弾に加え、爆撃行の帰途の米軍機が、基地着陸時に危険を伴うとの理由から、単に残った爆弾をラオス領内に投棄したケースも多かったという。

クラスター爆弾の不発弾は「8000万発」

 その投下された爆弾の10~30%が不発弾として依然国土に残っているという。特に親爆弾が無数の子爆弾を放出して攻撃するする「クラスター爆弾」については約8000万発の子爆弾が不発状態で残り、住民に被害を与え続けている。ラオス南部アタップー県などでは大型爆弾の不発弾が、北部のシェンクワン県などではこのクラスター爆弾の不発弾が多いのが特徴なのだという。

 ラオスの各地を回ってみると、発見されたり不発弾の外郭の鉄製部分が飾り物として利用されたりプランター代わりに使われたりして、一般家庭で二次利用されている光景がよく見られる。それだけ不発弾が日常生活と近い存在になっている。

 しかし深刻な問題は子供たちがテニスボール大のクラスター爆弾の子爆弾で遊んでいて爆発したり、耕作中に誤って触れて爆発したり、煮炊きやたき火の最中に熱によって誘爆したりするなどして、人的被害が後を絶たないことである。