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 中国人の、子どもの教育にかける情熱がすさまじい。幼児のころから早期教育を受けさせ、小中高ではみっちりと塾に通わせて勉強漬けに。中国人のおそるべき教育熱とその背景を、中国・上海の投資コンサルティング会社で働く山田珠世氏がレポートする。(JBpress)

2歳の時から「能力開発」教室に

 中国の大都市部では、とにかく子どもの早期教育に力を入れる傾向にある。最初にそのことに気づいたのは、今年14歳になる筆者の長男が幼稚園に入る前だった。

 筆者の長男と同い年の子どもを持つ中国人の友人夫婦が、その子が2歳の時に「能力開発」教室に通わせ始めたというので驚いた。

 幼稚園(公立)に行き始めると、思考する力をつける「思考ゲーム」や、絵を見て想像力を膨らませ、物語を作りだす「絵を見て話そう!」のクラスで授業を受けさせた。幼稚園の年中のときには英語や「ピンイン」(中国語の発音記号)などを習わせ始めた。

 上海の私立幼稚園は、小学校で習う英語、国語、算数の授業のほか、自由参加型のクラスに参加することができる。ただ、公立幼稚園ではこれらの授業がないため、外の教育機関で習わせていた。

 勉強以外の習い事をさせる親も多い。人気があるのは、二胡や琵琶、古筝(こそう)、ピアノなどの音楽系、そしてダンス、バレエ、テニス、サッカー、テコンドーなどのスポーツ系。さらに習字や絵画などの芸術系と、挙げるときりがないほど。複数の習い事を掛け持ちするのはごく一般的で、3つも4つも習い事をしている子どもも少なくない。

 その理由として、友人らは「子どもに何が合っているか分からないから、早ければ早いほど、選択肢は多いほどいい」と口をそろえる。

 おかげで子どもたちは、幼稚園に上がれば月曜から金曜までは幼稚園に通い、週末は習い事のスケジュールでいっぱい。親は親で、子どもの送迎に奔走することになる。

小学校に上がると塾、塾、塾

 小学校に入学すると、親の教育熱はさらにエスカレートする。上海では小学生でまったく塾に通っていない子どもは数えるほどだ。

 筆者の次男は地元の小学校のサッカーチームに入っているが、週末に突然試合が入ったりすると、それがよく分かる。チームに所属する子どもの親で構成されるチャットアプリ「微信(ウィーチャット)」のグループチャットでは、「塾があるから参加できない」「塾の時間を変えてもらうから、ちょっと待って」といった内容のメッセージが飛び交う。

 そして、学年が上がるにつれ、塾を優先させる親が多くなっていく。3年生の後期になるとサッカーの練習の参加者数が減り、それまで週2回だった練習が週1回になった。長男の場合は、5年生になったときに人数が揃わず、サッカーの練習と試合が取りやめになってしまった。

 子どもが友だちと遊ぶ約束をするときも同様だ。週末はみな、それぞれの習い事や塾があるため、調整が必要になる。

上海の高校進学率は6割程度

 中国の人たちはなぜそこまで子どもの教育に熱心なのだろうか。背景には、日本とは異なる中国特有の教育事情がある。

 まず、子どもが学校の授業についていくのが大変である。上海の小学校で使われる、とりわけ英国数の教科書は内容が難しい。日本の教科書より分厚いし、文字もずっと小さい。また授業のスピードも速い。「みんな塾に通わせているから、自分の子だけ行かせないのは不安」と言う友人も少なくない。嫌でも教育熱心にならざるを得ないのだ。

 次に、中国では高校への進学が日本よりも難しい。筆者の友人が学校の先生から聞いたところによると、「上海の高校進学率は6割程度」だという(日本の高校進学率は97%を超えている)。学校のレベルにもよるだろうが、大雑把に見積もって、成績がクラスで半分以下だと高校に進学できなくなる可能性が高くなる。だから親も必死になるというわけだ。

 ちなみにその友人は、筆者と同じ上海出身の男性を夫に持つ日本人女性である。彼女の娘は現地の学校に通っており、中学1年生になるまで塾に行っていなかった。ところが、担任教師が授業中に「塾に行っていない人は手を挙げて」と言った時、手を挙げたのは彼女の娘だけだったそうだ。いろいろ考えた末、彼女は娘が中学3年生になったときに塾に行かせることにした、と話してくれた。

最終ゴールは「重点大学」

 さらに、中学生の子どもを持つ上海の友人は、「高校に進学ができても、“普通の高校”だと意味がない」と断言する。いわゆる「重点高校」と言われる、主に大学に進学するための高校に入らなければ、高校に行く意味がないというのだ。

 重点大学とは、国が「質が高い」としてランク分けしているエリート大学だ。予算、設備、教員の質、進学率、就職率など多方面で非重点大学を大きく上回っているとされる。中国人はみなこの重点大学に入ることを最終目標としている。

 中国には2595の大学があるが、重点大学はわずか112校にとどまる。政府の教育部によると、2019年の大学受験者数は前年比56万人増の1031万人(中国の大学受験は6月に行われる)。つまり1031万人が112校を狙って争うという、ものすごい構図になっている。

 重点大学に入学するためには、重点高校に入らなければならない。重点高校以外から重点大学に入学するのはきわめて困難だ。重点小学校、重点中学校、そして重点高校から重点大学へ──。このピラミッド構造が成り立っているため、まずは「重点小学校への入学」を目指して、子どもに早期教育を受けさせることになる。

恐ろしく高い塾代

 中国の教育事情に関して特筆すべきことはほかにもある。塾代がおそろしく高いのだ。だが筆者の周りを見る限り、みな子どもの教育に惜しみなくお金を使っている。

 中国では、6月末から2カ月強の夏休みに入る。当然のことながら、子どもたちは夏休みも勉強漬けだ。夏期講習をはじめとするさまざまなクラスに通って、学力強化、能力強化にいそしむことになる。9月から中学3年生になる子どもを持つ友人は、来年6月の高校受験前の大事な夏休みとなるため、特別強化クラスに入れるという。授業料は1科目2時間で1回あたり700元(約1万1000円)。1日に英数国にプラス2科目の計5科目受けるらしく、1日で3500元(約5万5000円)が飛んでいく。

 また、別の友人の子どもは、9月から小学5年生。コンピュータープログラミングのコースに通っている。小学5年生以上のクラスの授業料は、10回コースで4200元(約6万9300円)、つまり1回2時間当たり約7000円になる。他のクラスでも、授業料は1回当たりだいたい400元程度。友人曰く、どのクラスでも相場はそんなものらしい。ちなみに上海市の2018年の平均月給は1万128元(15万9000円)である。

 そんな友人らに対して筆者は「お金をかけても、子どもが授業をしっかり聞いて頭に入るとは限らないでしょう」と問いかけてみた。するとそのうちの1人が「1教科で10%でも頭に入れば、人より10%分成績が上がる」と強く言い切った。

 その言葉を聞いたとき、こんなに教育熱心な親を持つ子たちといつか一緒に受験する、いまだ塾にも通っていない我が子たちを思い、今後、この地でどのように受験勉強をさせていったらいいのか、と本気で怖くなった。