背景に理論を持てば、食卓さえも小さな実験場にもなる。

(篠原 信:農業研究者)

 魚介類と赤ワインの相性が悪いことは、ワインを知っている人の間では有名だ。私も学生のころ、教授から「煮干を食べてみなさい」と言われてかじり、「次に赤ワインを口にしてみなさい」と言われて飲んでみると、口の中になんともいえない血生臭さが!

 この現象はテレビ番組でもネタになり、2012年6月15日放送の「探偵ナイトスクープ」という番組で、数の子や塩辛といった魚介類と赤ワインを一緒に口にすると、口の中が修羅場になることを検証していた。想像するだに、恐ろしい。

 皆さんも、肉料理用と書いてある赤ワインを購入し、試してほしい。まずは赤ワインを一口。芳醇なおいしいワインの味が口の中に広がるだろう。次に、煮干か数の子を口の中で数秒かじった後、赤ワインを口にしてみよう。・・・もう、それはそれは、大変なことになる。

 そんな経験を一度すると、魚介類と赤ワインを一緒に飲もうなんて思わなくなる。すさまじい経験だから、別に通ぶらなくても、「もうこりごり」になること、うけあい。

生臭いにおいが発生するわけ

 そんな経験をしていたのだが、面白い記事に出会った。『化学と生物』という雑誌に、興味深い記事が掲載された。「料理とワインのマリアージュの科学」というタイトルの記事だ*1

 この記事には、なぜ魚介類と赤ワインの相性が悪いのか、まじめに研究されていた。詳しくは記事を読んでいただくとして、かいつまんで説明すると、魚に含まれる過酸化物(油の酸化したもの)と、赤ワインに含まれる鉄(二価鉄)が出会うと、大変な反応(フェントン反応)が起き、ラジカルという、そこらへんにある物質を手当たり次第に破壊する物質が発生して、それによって血生臭いにおいが発生するのだという。

 鉄棒したあとの手のひらで「鉄のにおい」がするが、あれも、同じ反応が起きているのだという。手の油が酸化して、酸化した油(過酸化物)と鉄が反応して、ラジカルが発生し、におい物質が大量発生するというもの。煮干と赤ワインを口にしたときのすさまじい経験が、鉄棒した後の手のにおいと関係していたなんて!

 どうやら、血の味も、同じメカニズムらしい。血の中には、ヘモグロビンという、鉄を含む成分がある。これが口の中で過酸化物と反応し、ラジカルが大量発生して、「血のにおい」がするらしい。「血生臭さ」は、鉄と過酸化物の反応によって起きるわけだ。

 私は大変興味を覚えた。だったら、「ラジカル」とやらを消すことができたら、血生臭さを抑え、魚と赤ワインを一緒に口にできるのでは?

*1https://katosei.jsbba.or.jp/index.php?aid=50541