(英フィナンシャル・タイムズ紙 2019年6月4日付)

中国、米国務長官の「たわ言」を非難 天安門事件30年

中国の首都北京の天安門広場で、警備に当たる警察官ら(2019年6月3日撮影)。(c)AFP/Nicolas ASFOURI〔AFPBB News

 米国と欧州では、1989年という年はベルリンの壁崩壊と同義語だ。

 だが、世の中には2つの1989年があった。壁が崩壊する5カ月前、中国軍が天安門広場に突入し、民主化運動を潰した。あの血みどろの惨事の30周年記念が今週訪れた。

 当時、西側から見ていると、ベルリンでの劇的な出来事の方が5カ月前に北京で起きたことより世界的に重要な意義があるように思えた。

 中国は、規模が大きいとはいえ、1つの国にすぎなかった。しかも、まだ貧しく、発展が遅れていた。

 冷戦を通して世界第2位の超大国だったのはソビエト連邦であり、そのソ連帝国が今まさに崩壊した。冷戦は終わった。西側が勝った。民主主義が勝った。

 歴史の大きな流れの中では間違いなく、ベルリンの方が北京より重要だろう――。

 30年経った今、この評決は当時よりかなり疑わしく思える。

 今となっては、未来の歴史家が、1989年の最も重大な出来事はベルリンの壁崩壊ではなく、天安門広場での民主化運動制圧だったと結論づけることもあり得るだろうと思えてくる。