2019年4月8日に行われた日本国際賞授賞式の様子。(写真提供:国際科学技術財団)

(矢原徹一:九州大学大学院理学研究院教授)

 2019(平成31)年4月8日、天皇皇后両陛下のご臨席の下で、平成最後の日本国際賞授賞式が開かれました。日本国際賞は、日本政府により1985(昭和60)年に創設された賞であり、「科学技術において、独創的・飛躍的な成果を挙げ、科学技術の進歩に大きく寄与し、人類の平和と繁栄に著しく貢献した」人物に送られます。

 天皇陛下は皇太子時代の第1回式典以来、35年間にわたって授賞式にご臨席されました。最後の出席となった今回の式典は、陛下にとってひときわ感慨の深いものだったでしょう。この記事では、授賞式・祝宴の様子と、受賞者の方々の紹介とともに、陛下と科学の関わりについて書いてみたいと思います。

好奇心から分子の左右を分離する技術へ

 国立劇場で開催された授賞式には、およそ1000名の方々が参加されました。三権を代表して、衆参両院議長、最高裁判所長、文部科学大臣、内閣府特命担当大臣が両陛下の右手に着席され、審査員をつとめた私は壇上の左側後列に着席しました。

「日本国際賞式典序曲 ― Overture Japan」の演奏で幕を開けた授賞式第1部では、名古屋大の岡本佳男(おかもと・よしお)特別教授と米オハイオ州立大のラタン・ラル特別栄誉教授に賞状と賞牌が送られました。第2部では、私たちは2階席に移動し、再び受賞者と両陛下をお迎えしたあと、東京藝術大学シンフォニーオーケストラによる記念演奏を楽しみました。

 授賞式後はホテルニューオータニに移動し、祝宴に臨みました。そして、陛下によるご乾杯で約300名の出席者が杯をあげ、岡本博士、ラル博士の受賞を祝いました。「らせん高分子の精密合成と医薬品等の実用的光学分割材料の開発への先駆的貢献」により受賞された岡本博士が、「自分は純粋に好奇心にもとづいて分子の左右性を研究したのだが、合成したらせん分子が結果として多くの分子の左右の違いを選別するのに役立ち、実用技術に貢献できた」と挨拶されたのが印象に残っています。

名古屋大の岡本佳男(おかもと・よしお)特別教授。(写真提供:国際科学技術財団)

 日本国際賞では候補者の募集にあたり、その年の選考分野を特定します。岡本博士が受賞された選考分野は「物質・材料、生産」でした。岡本博士は、安定な右巻き、または左巻きのらせん高分子を、両者が混じった状態ではなく、完全にどちらかだけの状態で合成する方法を確立されました。

 これは確かに、好奇心にもとづく基礎研究だと思います。ところが、一方向巻きだけのらせん高分子が、いろいろな化学物質の鏡像異性体(右利き、左利きのような違いと思ってください)を分離するのに役立ったのです。