蟹瀬 速い、安いだけでなく、インターネットは、他にもこれまでのパラダイムを変えて来ているのではないですか?

田下 その通りです。さきほど「元に戻らない」と申しましたが、ネットを使うと、自動化の世界が広がって行きます。つまり、顧客であるメーカーさんが独自でリサーチすることも可能になるのです。

蟹瀬 なるほど、ネットなら極端な話、誰でもリサーチが可能か。

田下 しかし、それでは専門性は薄れてしまいます。ここで求められるのが、調査会社としての、またリサーチャーの本当の専門性です。データにどれだけ付加価値を与えられるか、それが課題だと考えています。

蟹瀬 それからサンプルの問題も大きいのでは?

田下 「ガーベジ・イン、ガーベジ・アウト」で、ガラクタからはガラクタしか出てこない。宝の山になるようなデータを集めるのは仕掛けも必要で、そこにも調査会社の特色が出ます。

蟹瀬 それは景況とは関わりなくいえますね。

蟹瀬

田下 たとえば、いまは消費市場でも価格競争のようになっていますが、安いだけでは満足しない消費者もいらっしゃるわけで、そこに新しい価値を発見するためには情報が必要です。消費者動向の変化の兆候を、いち早く見出すことも私どもの使命と考えています。

蟹瀬 そうなると、かなりもうクリエイティブな世界ですね。

田下 はい、マーケティングの世界では古くから、AIDMAというモデルがありました。購買に至るプロセスを注意(Attention)、関心(Interest)、欲求(Desire)、記憶(Memory)、行動(Action)という形で定式化したものです。2005年に電通さんが「AISAS理論」というモデルを発表して話題になりました。最初のAIは同じですが、そのあとは、検索(Search)、行動(Action)、そして最後の「S」がシェア(Share)なんです。ネットを前提としたモデルですが。

蟹瀬 共有化するということですね。

田下 ネット上で発信される生活者の評判情報が大きな力を持ち始めています。これを前提にして、さまざまなタッチポイントを設定して行く。まさにインサイトが必要なクリエイティブな仕事です。ネットにおいてもその成果がなければ信頼度は失われ、顧客を失うことにつながります。

蟹瀬 ただでさえ日本のマーケティングは成熟していないといわれますよね。

田下 ですから、データ収集プロセスでのさまざまな工夫と情報からインサイトを抽出するためのイマジネーションをさらに磨く必要があります。そうでなければ、産業として存在する意義が失われてしまいます。

情報の見本市になるようなフォーラムを開催

蟹瀬 11月20日にオープンなフォーラムを開催されるということですが。

田下 はい、9回目になりますが、これまでは顧客を中心に開催して来たものを、どなたでも来ていただけるようなスタイルにしたわけです。もともとお客様へのサービスの一環として出発したものですから、より広い層のご来場を企図したのです。

蟹瀬 たとえば就活学生とかでも?

田下氏

田下 もちろんです。リサーチの意味や重要性、また面白さなどを多くの方に知っていただくのも、リサーチ業全体のPRにもなりますし。

蟹瀬 いろいろ講演なども用意されていらっしゃるのですか?

田下 はい、むろん私どものサービスの紹介もありますが、識者の講演も含め、情報の発信、交換の場として、いわば情報の見本市のような感じにしたいと。フォーラムのテーマは「アクショナブル・インサイト」ですが、講演は『ビジネス・インサイト』(岩波新書)を出版された流通科学大学の石井淳蔵先生のお話です。

蟹瀬 インサイトというと日本語で“ひらめき”とでもいいますか。この時代に、動物的なカンが重要であるというのは、とても興味深いことですね。

田下 ええでも”ひらめき”が単なる“思いつき”では困ります。石井先生は対象への「棲みこみ」(Dwell in)の重要性を説いています。同感ですね。だから専門性が生まれてきます。それから日米中の消費者国際比較レポートの発表や顧客企業による最新事例の紹介もあります。

蟹瀬 日米中の消費者国際比較というのは、自主調査されたわけですか?

田下 はい、この経済危機の影響下で各国の消費者がどういう状況なのか、とくに中国などは興味のある方が多いと思います。それからアメリカなども動向が注目されるところですので、ぜひご参考にしていただきたいと思っております。