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ルノワールは20世紀に何を見たか
「72歳にして絵を描くことが分かり始めた」

2009年11月03日(Tue) 鈴木 春恵

 秋はここパリでも芸術の季節。アートにまつわるイベントは1年を通して盛んだが、とりわけこの時期には、力の入った展覧会が行われる。そこで今回は、今、最も注目を集めている展覧会の1つ、グランパレで開催中の「20世紀のルノワール展」についてリポートする。

20世紀のルノワール作品に絞った展覧会

 ルノワールと言えば、日本でも喫茶店チェーンの名前になるほどのビッグネーム。フランス絵画を代表する画家の1人と言っていいだろう。今回の展覧会では、特に「20世紀の」というくくりを設け、印象派の画家が独自の世界を切り開いてゆく過程を表している。

 展示はまず、ときのジャポニズム趣味が扇のモチーフに端的に表れた「村の踊り」「町の踊り」から始まり、ピカソやボナールなど、ルノワールから影響を受けた画家たちの作品を並列させたりしながら、総計100点を超える作品が一堂に集められている。

 この展覧会を企画した、オルセー美術館の学芸員、シルヴィー・パトゥリさんにお話をうかがった。

 「20世紀、もっと厳密に言えば、1890年からのルノワールの人生最後の30年の変遷にスポットを当てた展覧会です。印象派の画家として知られる70年代、それとは決別した形の80年代に続く90年代から20世紀に時代を設定しています。クラシックな主題に回帰しているようでありながら、より自由で、直接的な現代性が見られるところ。例えば、よりまろやかで、とろけるような、魅惑的なタッチになってゆく過程がお分かりいただけると思います」

経済的苦労を重ねた若い時代

展覧会を企画したシルヴィー・パトゥリさん。後ろの写真は、晩年のルノワール

 ピエール=オーギュスト・ルノワールの生没年は、1841~1919年。印象派の時代は、彼が30代の時に当たる。今でこそもてはやされる印象派の絵画も、当時はむしろ異端に属する画風で、買い手がつかないことがしばしば。彼らの暮らしは楽ではなかった。

 その時代の彼の代表作である「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」などは、同じ画家仲間の中でも、裕福な家の出だったカイユボットが買い受けている。それに続く40代も経済的には決して豊かではなかったが、南仏、イタリア、そして北アフリカへの旅を通じて、新しい画境への糸口をたぐり寄せた、いわば過渡期と言える時代に当たる。

 そんな中、第1子、ピエールが生まれる。といっても、実はそれ以前にも、彼には娘があったらしいが、それは公にはされていないので、44歳でルノワールは晴れて初めてパパになったことになる。

 それから60歳までの間にさらに2人の男の子を授かるのだが、彼はしばしば、子供たちを絵に描き、乳母としてルノワール家での生活をともにしたガブリエルは、重要なモデルの1人になってゆく。

子供たちの絵にルノワールが託したもの

ルノワール「本を読む少女」1890~1891年 (56.5×48.3cm)ロサンゼルスミュージアム所蔵 © Josse/Leemage

 今回の展示には、この時代からの作品が多い。つまりそれはふくよかな頬をしたあどけない表情のポートレートだったり、さらには、古典的な主題でもある裸婦像が、その手法をもって描かれたものだったり・・・。つまり、豊満で人肌の温度や感触を感じさせるものが並んでいる。

 「世界中の美術館や個人のコレクターから作品を集めましたが、私自身でも今回初めて分かったことがあります。それは、ルノワール作品の色の微妙さ」

 「写真で見るのと実物とでは、ニュアンスが全く違います。多くは赤くころんでしまっていたり・・・。実際、今回のカタログ作りにも、それはそれは苦労をしました。それほどに、複数の色のタッチの重ね方は彼一流のもの。このうえなくデリケートなのです」

 今のところ、1日平均の入場者数は、4500人ほど。シルヴィーさんによれば、これは予想よりも少し良い数字だという。

ルノワール「浴婦たち」1918年 110×160cm パリ・オルセー美術館 ©Rmn/Hervè Lewandowski

 「私たちは、最初から1万人規模の入場者数を狙ってはいませんでした。これはむしろ “賭け” に近い展覧会だと思っていたのです。ルノワールは、フランス人にとっても、大芸術家であることは確かです」

 「とりわけ、印象派時代の『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』や『舟遊びをするひとの昼食』は有名ですので、それを持ってくればもっと人が呼べることは確実です。けれども今回はそれを置かない。つまり、これまでとは違った新しい方向からルノワールを見てほしいと思ったのです」

 確かに、過去のこの時期のグランパレの展覧会なら、1時間半、2時間待ちの例も珍しくないが、今回のはそれほどまでの混雑ではない。だから、比較的ゆったりと一点一点を鑑賞することができる。

晩年になるに従って奔放さとスケールを増す

ルノワール「長い髪の浴婦」1895~1896年 (82×65cm)パリ・オランジュリー美術館所蔵 © Rmn/Franck Raux

 小雨まじりの曇り空の午後、私は1時間半ほどかけて会場を見て回ったが、確かにスーパースター作品が列挙される一大回顧展とは違うので、

 (あ、あれがない。これも見なかった)

 という思いを持って帰る人もいるかもしれないとは想像された。とはいえ、晩年になるに従って、構図も筆致もますます奔放になり、スケールを増してゆく裸婦像群を観ていると、何か、ルノワール個人の人生の幸福が、穏やかに満ち足りてきたことが思われるようで、こちらにも温かいものが伝わってくる。

 そして、展示室ごとに添えられたルノワール語録がまたいい。

 “手探りしなくなるまでには、大変な苦労を要する。4日前から50の声を聞いても、まだこの歳で探し求めている。ちょっと年寄りだ。ともあれ、できることをするまでだ”

人生のレッスンか精神の教訓か

ルノワール「ピアノに寄る少女」1892年 116×90 cm パリ・オルセー美術館所蔵 © Rmn/Hervé Lewandowski

 “モチーフから逃れ、文学的であることを避ける。そのためには、皆が知っているものを選ぶことだ。全く歴史的でないとなおいい”

 そしてこれは、彼が72歳の時の言葉。

 “絵を描くということが分かり始めた”

 「まるで、人生のレッスン、精神の教訓みたいですよね」と、シルヴィーさん。こんな時代だからなおのこと、見る者の心に響く。

 (この大芸術家にしても・・・)と。

 ちなみに、ルノワールがその生涯に手がけた作品は4000点を下らないという。

 この展覧会、パリでの開催は1月4日まで。その後は、米国に渡りロサンゼルスとフィラデルフィアを巡回する予定。