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軍事パレードと胡錦濤の憂鬱

2009年09月14日(Mon) 阿部 純一

 来る10月1日は中国建国60周年の「国慶節」である。当日の白眉は何と言っても10年ぶりに行われる軍事パレードであり、近代化著しい人民解放軍の雄姿が披露される予定だ。

 しかし、その戦力強化をことさら世界に訴えることは、国際協調を旨とし、軍拡競争を否定する胡錦濤の「和諧世界」とマッチしないばかりか、いたずらに「中国脅威論」を煽ることにもなりかねない。

毛沢東は11年連続して実施(1949~59年)

 振り返ってみると、中国は建国の1949年から10周年の59年まで11年連続して国慶節の軍事パレードを行ってきた。その後、長く途絶え、復活したのが建国35周年の84年であり、その次が建国50周年の99年だった。つまり、今までに計13回の軍事パレードが行われてきた。

北京の中心街で建国60年軍事パレードの予行演習

〔9月6日に北京の中心街で行われた軍事パレードの予行演習 AFPBB News

 13回のうち、最初の11回は毛沢東の時代である。朝鮮戦争(1950~53)参戦への士気を鼓舞するため、また第1次5カ年計画(1953~57)への景気づけ、さらに第1次(1954)・第2次(1958)台湾海峡危機などに示されるように台湾武力解放の臨戦態勢に向けて、毎年軍事パレードを実施する意味はあったのだろう。

 59年以降、その後長期にわたり実施されなくなった理由を中国は明らかにしていない。だが、毛沢東が急速な工業化・農業の集団化を推進しようとして企てた大躍進政策(1958~60)の失敗で党の実権を劉少奇、鄧小平に譲らざるを得なくなり、経済政策の立て直しが必要になったこと、そしてその後、毛沢東の奪権闘争である文化大革命による混乱が軍事パレードの実施を妨げてきたことは察しがつく。

25年ぶりに復活させた鄧小平(84年)

 84年には、59年から25年ものブランクを経て、鄧小平が軍事パレードを復活させた。その背景は、おおむね以下の通りだろう。

 78年末の「中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(党11期3中全会)」で、鄧小平が毛沢東を後継した華国鋒に取って代わり、党の実権を掌握した。鄧小平は毛沢東の「階級闘争をカナメとする」継続革命路線に決別するとともに、計画経済から市場経済への漸進的移行を目指す改革開放路線に舵を切った。

 鄧小平は党主席・国務院総理・中央軍事委主席を兼務していた華国鋒からの権力奪取を進め、80年には国務院総理を趙紫陽に、81年には党主席を胡耀邦に、同じく中央軍事委主席を鄧小平自らに移譲させた。82年の第12回党大会では華国鋒を政権中枢から排除し、ヒラの中央委員に降格させることで、鄧小平体制を名実ともに確立した。なお、この党大会で「党主席」は「総書記」に改められた。

 こうして建国35周年の84年に、中央軍事委員会主席の鄧小平が軍事パレードで閲兵を行ったのである。当時すでに80歳の鄧小平にとり、この軍事パレードがまさに人生の頂点であった。

 また、この25年間の中国の軍事力の変化は極めて大きく、核兵器、戦略ミサイル、原子力潜水艦を戦力化し、世界の軍事大国の一角を占めるまでになっていた。それを象徴したのが66年に創設された戦略ミサイル部隊である第2砲兵部隊のパレードへの参加であり、「東風5号」ICBM(大陸間弾道ミサイル)の登場だった。

江沢民による「世紀の大閲兵」(99年)

 建国40周年に当たる89年は当然ながら軍事パレード実施の節目たり得たわけだが、同年6月に天安門事件が起きた。天安門事件で民主化運動を武力で鎮圧したことから、中国は世界中から批判の目を向けられることになる。その中での軍事パレードの実施は難しく、結局99年の建国50周年まで持ち越されるところとなった。

 89年9月には、鄧小平は中央軍事委員会主席のポストを、天安門事件で失脚した趙紫陽の後を継いで党総書記に就いていた江沢民に譲っている。

 99年の建国50周年国慶節に実施された軍事パレードは「世紀の大閲兵」と評されたほどの大規模なものであった。3年後の2002年に政権を胡錦濤にバトンタッチすることが既定の路線と見られていた江沢民にとり、この「大閲兵」はやはり人生のハイライトであったに違いない。

 この軍事パレードでは、開発中の新型で固体燃料の車載移動式ICBM「東風31号」を収めた巨大なモスグリーンの発射筒(キャニスター)を積載した大型トレーラーが世界的に注目を集めたほか、同じく「東風11号」「同15号」短距離弾道ミサイル、「東風21号」中距離弾道ミサイルなども登場した。

 上空では、「ツポレフ16」爆撃機を改造した空中給油機が海軍航空隊の「J-8II型」戦闘機に空中給油する態勢をデモンストレーションした。中国が自主開発した「FBC-1(飛豹)」戦闘爆撃機や、ロシアから導入した「スホーイ27」戦闘機も姿を見せた。

胡錦濤にとって人生最大の晴れ舞台(2009年)

 江沢民の「大閲兵」から10年、建国60周年の軍事パレードの見どころはどこか。登場する兵器に何かサプライズは用意されているのか。

 3年後には国家主席・党総書記・中央軍事委主席から降りる予定の胡錦濤にとり、人生最大の「晴れ舞台」であることは間違いない。その晴れ舞台を飾るにふさわしい軍事パレードとなるのかどうか。

 現在、米国に次ぐ軍事費大国となった中国であるがゆえに、軍事大国としての面目を世界に示す必要があり、そうしなければ人民解放軍の威信を保てない。99年の軍事パレードまでは、米国はじめ西側先進国はある程度余裕を持って中国の軍近代化を観察していた。そして、確かに軍の近代化は進んではいるが、まだ深刻な脅威とは見なされていなかったのが実情だろう。

 その意味で言えば、今回の軍事パレードの背景は異なる。中国の空母建造はすでに構想段階から実施段階に入りつつある。新型ミサイル原潜や攻撃型原潜も戦列に加わっている。米国を射程に収める新型ICBM「東風31号A」の配備も2007年には確認された。「東風21号」を通常弾頭型に転用し、海上艦船攻撃に用いる計画を具体化しようとしている。

 中国の脅威レベルは確実に上がってきている。もはや米軍にとっても侮れない存在になりつつあり、日本の海上自衛隊、航空自衛隊の能力を凌駕しつつあるのだ。

抑えておきたい対外的な脅威感

 しかし、だからこそ胡錦濤はためらわざるを得ない。いたずらに中国の軍事的脅威を煽るメリットなどないからだ。

 軍事パレードを実施するからには、内外に中国の軍事力の威容を示し、中国人民に自信と誇りを抱かせ、とりわけパレードの主役である人民解放軍をも満足させなければならない。さらに対外的には周辺諸国に中国の軍事力に畏怖を与え、対内的には民族分裂勢力に対し圧倒的な力量の片鱗を示す必要がある。こうした要求を満足させつつ、対外的に脅威感を必要以上に高めないようにするのは容易ではない。

 そうした点で前例となるのが、2009年4月23日に青島で実施された中国海軍創設60周年を祝う国際観艦式だろう。

 中国は北海艦隊の艦船を中心に25隻の艦艇を登場させたが、その中国艦隊の先頭を切った4隻は「夏」級ミサイル原潜、「漢」級攻撃型原潜、「宋」級ディーゼル潜水艦、「ロメオ」級ディーゼル潜水艦だった。とりわけ注目されたのが「夏」級ミサイル原潜で、メディアはこぞって「中国がミサイル原潜を公開するのは初めて」と報じた。

 しかし、「夏」級ミサイル原潜は80年代に配備された老朽艦であり、攻撃型原潜の「漢」級も同様で、「ロメオ」級にいたっては、博物館から引っ張り出してきたとも言える年代物だ。しかも「夏」級は通常、青島の原潜基地に係留されたままであり、パトロール任務に就いたことがない「戦力外」の存在とされてきたから、その出現は「まだ動くのか」という驚きですらあった。

 この潜水艦のラインアップは、中国の潜水艦の発展を時系列的に示す意味があったかどうかは分からないが、新型の「晋」級ミサイル原潜、「商」級攻撃型原潜を登場させないことで中国の「脅威」を抑制させたと言える。

 こうしたことから考えられるのは、対外的に脅威を煽る弾道ミサイルなどの攻撃兵器の露出は控え目になされるということだろう。その代わり「KJ-2000」や「KJ-200」など空中早期警戒管制機(AWACS)、「J-10」国産戦闘機などが注目を集めそうだ。

 また、対テロ戦力も今回は注目点となる。武装警察部隊の特殊部隊「雪豹突撃隊」がクローズアップされるだろう。この部隊は2年前に組織され、胡錦濤自ら命名したという武警の対テロ精鋭部隊である。

すでに始まったポスト胡錦濤への動き

 実は、10月1日の軍事パレードの前に重要な会議が開催される。9月15日~18日のスケジュールで開催される中国共産党17期中央委員会第4回全体会議(17期4中全会)がそれであり、ここで習近平・国家副主席が中央軍事委副主席に就任するかどうかがポイントである。

 胡錦濤が中央軍事委副主席になったのが99年で、3年後の2002年に総書記になった。そうした前例から見て、次の党大会が開催される2012年の3年前である今年、胡錦濤を継ぐ指導者が中央軍事委入りすることが予想されており、その最右翼が習近平とされている。

 胡錦濤が中央軍事委入りして10年、軍事パレードで閲兵する晴れ舞台が用意される一方で、その退場への準備も進められることになる。今後、否応なく胡錦濤政権のレームダック化が進むことが予想される。

 思えば、胡錦濤ほど軍に対する掌握度に疑問を持たれた指導者はなかった。現在でも、胡錦濤の主張する国際協調を主眼とした「平和発展」論や「和諧外交」に対する軍の抵抗は大きいと言われる。

 天安門の壇上から「閲兵」を行う胡錦濤の胸中に去来するものは何だろうか。