政治学者の姜尚中氏が、悩める現代人に向けて執筆した『悩む力』。おそらく新書としては、2008年最大のベストセラーとなりそうだ。5月に発売され、半年ですでに50万部を突破した。姜氏自身はこの反響をどう受け止めているのか。
姜 「4~5年前だったら見向きもされなかったんじゃないですか。ベストセラーというのはつくづく時代が作るものなんだなと思いますね。どんなに書き手がよくても、必ず売れるわけではない。『悩む力』が売れているのは、まさに時代の成せる業なんでしょう」
『悩む力』の爆発的なヒットは、悩みに突き当たり、救いを求める人々が今の日本にどれだけ多いかということを示している。姜氏は、本書の中で、日本人の悩みに大きく影を落とす「時代の特質」を明らかにする。最大の要因として挙げられるのが「グローバリゼーション」である。
変わることを強要され続けるとどうなるか
姜尚中(カン・サンジュン)
1950年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。東京大学大学院情報学 環教授。専攻は政治学・政治思想史。著書に『マックス・ウェーバーと近代』『オリ エンタリズムの彼方へ』『ナショナリズム』『在日』『姜尚中の政治学入門』など多数 (写真:LiVE ONE)
姜 「グローバリゼーションとは、自分の力ではどうしようも抵抗できない外側からの圧力です。自分がどんなに頑張っても、会社や国の経済ががらりと変わってしまう。それによって生活も人生も変化することを余儀なくされる。今、みんながそれを痛感しているわけですよね。
グローバリゼーションとは、“変わらないと死が待っているぞ” という私たちに対する脅迫と言ってもいい。私たちは絶えず変わることを迫られているのです。だから誰もが悩まずにはいられなくなる。
“変われ、変われ” と言われ続けると誰だっておかしくなりますよ。その最先端にいたのが金融工学を駆使したウォールストリートの金融マンだったわけですよね。そこで働いているのは米国の一流大学を出た20代、30代の若者たちばかり。40代とか50代の中年ではおそらく体が持たないだろうし、ノイローゼになってしまうんじゃないですか。毎日、毎日、1秒ごとに状況が激変していくわけだから。
そんな時代を生きていると、宗教やスピリチュアルな世界に関心が向いてしまうのは仕方がないことなのかもしれません。かといって、誰もがその世界に飛び込めるわけではない。そこで、この本では “悩む” ということを積極的に評価しようじゃないかと。前向きな姿勢で、1つのマニフェストを出してみたのです」
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「変わる」ことの必要性を声高に訴え、構造改革を推し進めたのが小泉内閣だった。現代の日本の「悩み」を生み出している経済格差や雇用不安は、小泉改革の「負の遺産」と言うことができる。姜氏は政治学者として小泉改革をどのように評価しているのか。
姜 「社会学者の中には、資本主義というのは絶えずイノベーションを起こしていかなければならない、小泉さんのやったことを頭から否定して過去に戻るのは時代錯誤だと言う人がいます。確かにそれは一理ある。
でも、英国がどうなったか思い浮かべてください。1979年にサッチャーが登場してきた時に、ちょうど僕は英国にいたんです。サッチャーは「社会というのは存在しません。存在するのは個人だけ。せいぜい集合体としての個人があるだけです」と言った。要するに、社会福祉に関する国の負担を減らすと宣言した。僕はそれを聞いて、真っ青になりましたよ。
そうしたら、やはり貧困層が増大し、負の遺産がどーんと出てしまった。「第三の道」を標榜するブレア政権が登場して、ある程度修復されましたが、英国は金融とサービス、保険に走っていましたから、今、痛手が相当大きいと思いますよ。
小泉さんがやろうとしたのは、20年遅れのサッチャリズムです。サーカスで言えば、安全ネットが張られていないのに空中ブランコをやるようなものです。セーフティーネットをしっかりしなければ、冒険はできないはずなんですよ。構造改革を進める一方で、年金や医療といった社会保障の充実をしっかりとやっておくべきだった」
近代の幕開けが生み出した人間の「孤立」
『悩む力』 姜尚中著、集英社、680円(税別)
本書の最大の特色は、夏目漱石とマックス・ウェーバーを登場させて、彼らが生きた時代と現代との共通点を明らかにしていることだ。
彼らが生きた約100年前という時代は、ちょうど「近代」が幕開けする時だった。急激な社会の変化は、その中で生きている一人ひとりの人間を決定的に「孤立」させることになった。そのまっただ中に身を置いた漱石とウェーバーは、やはり変化することを迫られ、現代の日本人と同様の悩みを抱えていたと指摘する。
だが、2人の生き方は読者に救いの道筋を示してくれるわけではない。本書を読んで、多くの読者は思うはずだ。漱石もウェーバーも、結局、悩みを解決できなかったではないかと。
姜 「漱石とウェーバーが生きていたのは、現代をもっと極端にしたような時代。その中で漱石もウェーバーもノイローゼになってしまった。
では、なぜこの本であえて漱石やウェーバーを登場させたのか。それは、人を大切にして、適正な利潤が生み出されて、誰もが食べていけて、そして企業も個人も家計も持続可能な社会、これに戻りましょうよということなんです。
つまり、漱石やウェーバーが何度も言っているような “身の丈に合った社会”。しっかりと地に足をつけて、もう一度そういった社会を目指すべきなのではないかという思いが私の根底にあるのです。
米国の金融破綻をきっかけに、世界経済が大きく揺らいでいます。今回の出来事は、資本主義のコアにある価値観や人間観、それから社会観、生き方などをすべて見直し、考え直すいい機会だと思う。今こそ、資本主義の新しいモデルを作るべきなんです。
それはもしかしたら日本から出てくるかもしれない。日本は米国に比べれば、金融危機はさほど痛手ではありません。まだファンダメンタルもいい。だからこそ日本にはチャンスがある。日本のお家芸はやはり製造業ですよね。今後の日本が目指すべき方向は、やはりもう一回、本業に戻っていくことなんじゃないですか。それが日本にとって “身の丈” でいくことなんだと思います」
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漱石、ウェーバーと並ぶ重要な登場人物

『悩む力』は、姜尚中という政治学者が、今の日本が置かれている状況を生活者の眼で観察し、政治改革、社会改革の必要性を唱えた本として読むことができる。
読者がこの本の中で、自らの悩みを解決する糸口を探すとしたら、漱石とウェーバーよりも、むしろ別の登場人物に求めるべきだと思う。それは姜氏の母親である。
在日1世だった姜氏の母親は日本の厳しい社会環境の中に身を置きながら、伝統的な習慣と信仰心を失わずに生きていた。その生きざまは姜氏の目には「幸せ」なものだったと映る。姜氏の母親の中にこそ、「孤立」しない生き方を実現する大きなヒントがあると感じた。

