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イノベーションはなぜ起きたか(上)
「指さない将棋ファン」がとらえた現代将棋の「もっとすごい」可能性
著者インタビュー 梅田望夫氏

2009年06月18日(Thu) 河野 通和

本の発売に先立って「翻訳自由」宣言をする

河野 この度『シリコンバレーから将棋を観る 羽生善治と現代』という非常に面白い本をお書きになられましたが、まずお伺いしたいのは、この本が刊行されてから約1カ月のうちに起こった驚くべき出来事についてです。

シリコンバレーから将棋を観る 羽生善治と現代』梅田望夫著、中央公論新社、1300円(税別)

 この本の発売は4月25日でしたが、その直前に、梅田さんは自らのブログで「この本は誰が何語に翻訳してウェブ上にアップすることも自由*1」と宣言なさいました。すると、すぐさま21歳の東京の大学生が、「この本を丸ごと英訳しちゃえばいいんですね?!*2」と応じてきてウェブ上で仲間を募りました。たちまち10人以上のメンバーが集まり、5月5日にはなんと英訳の第一稿が完成しました。この間、約2週間です。英訳版はウェブ上に公開され、いまでは欧米の有志も加わってブラッシュアップ作業が続けられています。また、それとほぼ時を同じくして仏訳プロジェクトも開始されました。英語版が公開された後は「英語からフランス語への重訳なら自分にもできる」というので、将棋ファンのフランス人も仏訳作業に参加しているようです。驚嘆するのは、この仏訳プロジェクトのリーダー(20代後半の社会人だそうですが)の圧倒的な行動力です。英語版が完成した後は「英語圏以外の全世界へのアプローチは自分に任せろ」とばかり、世界中の政府機関や将棋に関わる団体、愛好者に200通近いメールを送りました*3。すると、スウェーデン、オランダ、フィンランド、コロンビアの4カ国から反応があり、スペイン語訳とポーランド語訳のプロジェクトが始動しかけているそうです。

 おそらくこれからもっと凄い連鎖反応が起きてくると予想されますが、こうした動きがわずか1カ月の間に、しかも自発的なグループによって引き起こされました。いまの時代を象徴する特筆すべき事件ではないでしょうか。

梅田 確かに今回ばかりは、想像をはるかに超えたスピードで物事が進みました。ウェブ上では、たとえ見ず知らずの者同士でも、興味や志を共有する人たちが協力し合った場合にはとんでもないことが実現する、ということをこれまで度々書いてきましたが、その力の凄さを改めて実感しています。

自ら「オープンソース的協力」の実験台に

河野 本の発売に先立って、「翻訳自由」宣言をなさったのはどういう理由からだったのでしょうか?

梅田 ここ7~8年、自分はシリコンバレーに住みながら、現在のウェブ進化、情報革命が社会にどういう変化をもたらすか、ということを日本人に向けて伝えてきました。3年前に出した『ウェブ進化論』はその集大成であり、その時点での僕の願いとしては、英語圏のネット空間で展開されつつある良きことがやがて日本でも起きてくれるといいな、ということがありました。ところが、とても残念なのですが、現実には日本のネット空間はそういう方向には発展しませんでした。

 例えば、インターネットが社会にもたらしたインパクトのひとつに「オープンソース」という考え方があります。これは元々ソフトウエア開発に端を発した概念なのですが、いまやそれにとどまらず、世の中をより良い方向に導くと思われるテーマがネット上で公開されると、そこに無数の知的資源が集結して課題を次々に克服していくといった可能性を含む、より広い応用範囲での思考や行動原理を意味しています。

*1 http:⁄⁄d.hatena.ne.jp⁄umedamochio⁄20090420⁄p1
*2 http:⁄⁄d.hatena.ne.jp⁄umedamochio⁄20090429⁄p2
*3 http:⁄⁄d.hatena.ne.jp⁄yoshihisa_yamada⁄20090517⁄1242516400

梅田望夫氏
1960年生まれ。慶應義塾大学工学部卒業。東京大学大学院情報科学科修士課程修了。94年からシリコンバレー在住。97年にコンサルティンング会社、ミューズ・アソシエイツを創業。2005年より株式会社はてな取締役。著書に『ウェブ進化論』『ウェブ時代をゆく』『シリコンバレー精神』『ウェブ時代5つの定理』などがある。趣味は将棋鑑賞、大リーグ野球観戦。ブログは「My Life Between Silicon Valley and Japan

 サブカルチャー領域への応用は少しずつ進んでいるのですが、全体として、こうした動きがいまだに日本では根付いていません。政治とか社会変化がテーマとなると特に、陰湿な誹謗・中傷など「揚げ足取り」のような側面の方が前に出てきていて、ウェブのポジティブな可能性──何か知的資産が生まれそうな萌芽がネット上に公開されると、そうしたことに強い情熱を持った「志向性の共同体」が自然発生して、そこに「集合知(ウィズダム・オブ・クラウズ)」が働き、有志がオープンに協力してある素晴らしい達成をなし遂げるといった公的な貢献──を育む土壌がありません。そんな苛立ちもあって、何か自分が実験台になってやれないだろうかと考えていたのですが、なかなかそういういい機会が巡ってきませんでした。

 ところが、今度この本を書いて、ハタと思いました。まず、この本は経営コンサルタントである自分の本業とはまったく関係がない。これは自分が愛してやまない将棋の世界に何かしらの貢献をしたいという純粋な動機からのみ書いたものである。自分自身のビジネスや私的な利益とは無縁な、まさに「無私の情熱」の産物である。次に、将棋人口は日本に偏っているわけですから、この本を営利目的で翻訳して海外で出版しようとする人はまず現れないだろう。けれども、将棋という素晴らしい日本文化をグローバルに伝えることには夢も意義もあるから、「よし、ひとつ手伝ってみるか」とある種の人々に思わせる力はあるんじゃないか。さらに言語の翻訳となれば参加のためのスキルがきわめて明確である、等々。

 つまり、これまで自分がずっと考えてきた「オープンソース的協力」のための基本的な成立要件がここにはすべて揃っている、ということに気づいたわけです。ただ、成算があったわけではありません。英訳については半年か1年後に何か少しはできているといいな、それ以外の言語は多分無理だろうな、というのが正直な気持ちでした。ですから、その後に起きたことは驚き以外の何ものでもありません。人生は非常に面白いと思っています。

「僕たちは日本のウェブを明るくしたいんです」

河野 翻訳プロジェクトに参加した人たちは、実際「見ず知らず」の人たちばかりだったのですか?

梅田 ふた通りの人がいます。まず将棋の世界を広めたいという活動をしてきた人たちで、彼らとはまったく面識がありません。もうひとつは、『ウェブ進化論』以来、僕の著作を読んできてくれた若い人たちで、彼らには僕の始めようとしていることが以心伝心で伝わったようです。一緒にやってみようと即座に反応してくれました。中にはシリコンバレーで1度会った人もいますが、基本的には知らない人たちです。

 僕から「やってくれないか」といった働きかけは一切しませんでした。オープンソースで大切なのは、人に何かをさせるという強制のメカニズムがないところです。自発性だけで物事が動くという点が肝心なので、友達にも誰にも助力は求めませんでした。ですから、このプロジェクトはウェブ上で告知が行われ、それに自由意志でコミットした人たちが発展させてくれたものです。若い人たちからこういう動きが生まれたことは嬉しい限りです。

河野 「みんなで丸ごと英訳」プロジェクトのリーダーである21歳の青年が「限界とそして希望」という文章を書いていますね。自分たちが抱いている思いを要約すれば、「WE WANT TO BRIGHTEN THE NOW GLOOMY JAPANESE WEB」なんだと*4。「僕たちは日本のウェブを明るくしたいんです。揚げ足取りのネガティブなウェブから高め合いのポジティブなウェブへ。ここまで当プロジェクトがやってきたのは、ポジティブな風を少しでも吹き込めるようにするための土台作りです」と。

梅田 最近、こんなに感動した文章はありませんでした。翻訳の細部の質なんかよりもっと大切なことがあるはずだという、新しい価値観で行動した彼らを心から賞賛したいと思います。

*4 http:⁄⁄d.hatena.ne.jp⁄shotayakushiji⁄20090507⁄1241710009

「知のオープン化」と「勝つこと」を完璧に両立させた天才

本の最終章は、羽生善治氏との特別対談

河野 さて、本の内容についてお聞きしたいのですが、書名が内容をこれ以上なく的確に言い表しています。つまり、シリコンバレーと日本の将棋界という、およそ交わることも重なることもなさそうな隔絶した世界で、実はある地殻変動がパラレルに進行していました。シリコンバレーを中心にして起こった「情報革命」の進展と、現代将棋の真理を究め尽くそうとした天才棋士・羽生善治の挑戦です。このふたつの流れを複合的に捉えながら、同時代の知的なドラマとして描き出したところがこの本の醍醐味だと思います。そのうってつけの媒介者が梅田さんでした。

梅田 将棋の世界では、10年から15年にひとり、必ず天才が生まれてきています。戦後で言えば、大山康晴、升田幸三、加藤一二三、中原誠、米長邦雄、谷川浩司といった系譜です。いずれも非常に頭のいい、超一流の才能と際立った個性の持ち主です。羽生さんはその次に現れた天才です。

 ただ、彼がそれまでの人たちと一線を画すのは、将棋というものを突き詰めていく中で、同時代における、ある種の普遍的な思想というか哲学にまで到達したと思われる点です。「羽生以前」の将棋の世界というのは、いい意味で日本の古い文化、伝統を受け継いだ世界でした。徒弟制度がはっきりとあり、年功序列的であり、いちばん象徴的なのは、将棋が強くなるためには人生の経験が不可欠であるという観念が支配的だったことです。極論すれば、将棋が強くなるためには、酒を飲んで人間を磨かなくてはいけないのだといった論理がまかり通るような世界でした。だから、将棋の観戦記にしても将棋評論にしても、「盤上」というより「盤外」の面白さを表現するところに重点が置かれていました。

 ところが、羽生さんは10代の時に「将棋とは頭脳のゲームだ」と明言しました。「人生とか経験といったこととはまったく関係がない」と言い放った、ある意味では織田信長みたいな人でした。おそらく羽生さんはこの時すでに、やがて将棋界全体が向かうであろう大きな流れの予兆を別のところに見ていたと思います。そして、すぐれて「頭脳のゲーム」である将棋の可能性を、自分の知力を振り絞ってとことん探求しようと考えました。孤独な改革の始まりでした。

「ネット観戦記の何がよかったかというと、あれはじつは『梅田さんも対局していた』ということなんですよ!」

 ところで僕は、ずっとひとつの疑問を抱いていました。なぜ羽生さんはある時期から自分の将棋研究の成果を公開し始めたのだろうか、と。1992年から2年半かけて刊行された『羽生の頭脳』という全10巻の著作があります。彼の20代前半の大仕事です。あるいは、雑誌「将棋世界」に1997年7月号から3年半にわたって書き継がれた「変わりゆく現代将棋」という連載があります。いずれも「勝つこと」を最優先にするプロ棋士であれば、当然秘匿しておくべき手の内を、惜しげもなくオープンにした著作です。驚きました。その理由について、羽生さんから明確な説明を聞いたことはないのですが、彼の書いたものを読み、彼との親交を深めていく中で確信したことがあります。ひと言で言えば、「将棋は2人で指すものだ」ということです。羽生さんは、将棋とは「他力本願的なところがある」「1人で完成させるのではなく、制約のある中でベストを尽くして他者に委ねる。そういうものだ」という言い方をします。つまり、相手が自分と同じ価値観なり、同じビジョンを共有してくれないことには、いくら1人で「未開の荒野」を切り開いていったとしても、盤上に革命はいつまでも経っても起こりようがありません。盤上がより自由になり、そこに「もっとすごいもの」が現出するためには、対局する相手も自分と同じ志向性を持った仲間(当然勝ち負けを競うライバルですが)である必要がある。そうでなければ、「もっとすごいもの」を実現する機会は失われるばかりである、という心境に至ったのではないかと想像するわけです。つまり、2人で創造するゲーム、2人で真理を追究する将棋においては、仲間の存在を抜きにして「もっとすごいもの」は絶対に1人では作れないと悟ったのではないか。それが「知のオープン化」を実践した彼の内的動機ではなかったか、というのが僕の解釈です。

 しかし、羽生さんが本当に凄いのは、大著『羽生の頭脳』を完成させて間もなく、彼が7冠を制覇したということです。つまり、その時点での「自分の知識をすべて投入し」、最新の研究成果や将棋のあらゆる局面についての考え方を洗いざらい公開した一方で、勝負の世界においても勝ち続けたという事実です。「知のオープン化」と「勝つこと」を完璧に両立させたことです。こうして彼は将棋界に革新の嵐を巻き起こし、現代将棋の扉を開きました。若手プロ棋士たちによって、質の高い将棋の体系的な研究書が次々と出版されるのは、それから間もなくのことでした。

(このインタビューの英語版は「Japan Echo」2009年8月号に掲載されます)

イノベーションはなぜ起きたか(下)」は明日19日に公開します。引き続きご覧ください。

写真提供・中央公論新社
対談写真──撮影・岩橋昇