2017年、日中国交正常化45周年記念行事で安倍首相と並んで撮影に応じる程永華氏(写真:AP/アフロ)

(右田早希:ジャーナリスト)

 4月3日、「程永華駐日大使が来月離任する」とのニュースが一斉に流れた。2010年2月に着任し、この4月で在任期間は9年2カ月になる。これほど長い駐日大使は、1972年の日中国交正常化以降いない。程大使は11代目の駐日大使だが、これまで最長は、6代目の徐敦信大使で、在任期間は5年6カ月だった。普通は、3年の任期を持って着任するので、たしかに「超長期体制」だった。

 程大使がこれほどの「最長不倒」を誇った理由として、日本のニュースは「余人をもって代えがたい優れた人脈と実力を兼ね備えた大物大使だったから」と解説していた。

 だが、これには違和感を覚えた。程大使と身近に接してきた日本人であるほど、「それは違うでしょう」と思ったのではないか。

個性派ぞろいの中国外交部の中で珍しい「凡人」タイプ

 程永華大使が9年間も続いた最大の理由は、凡人だったからである。そのような表現が大使に失礼ならば、「偉大なる凡人」と呼んでもよい。

 中国の外交官と接していると、日本の外交官に較べて一般に個性の強い人が多い。印象が強烈で、一度会ったら忘れないような猛者たちばかりだ。

 そうした烈烈たる中国外交部の外交官の中にあって、程永華大使ほど没個性のタイプはいない。程氏は大使に就任する前にも、東京・六本木の中国大使館で、二等書記官、一等書記官、参事官、公使などを務めていたが、いつも上司の指示通り、ちょこまか動き回る書生のような存在だった。

 そのため、9年前に崔天凱大使(現・駐米大使)の後任として、程永華新大使が発表された時には、「えっ、あの程さんが大使?」と、中国大使館と付き合いのある日本人たちは驚いたものだ。それでも、創価大学を出ていて日本語が流暢だし、「日中友好の船」で結婚式を挙げたというほどの親日派(知日派?)だし、肯定的には受けとめられた。

駐日大使就任の裏で展開されていた権力闘争

 実は、程永華大使就任の人事には、中国外交部の権力闘争が絡んでいた。

 ごく大まかに言うと、中国外交部の中で、アメリカ・スクールを牛耳っているのが、楊潔篪党中央政治局委員兼党中央外事工作委員会弁公室主任(前外相、元駐米大使)である。それに対し、ジャパン・スクールを牛耳っているのが、王毅国務委員兼外相(元駐日大使)である。

 中国の外相は、5年に一度変わる習慣があるが、2008年3月、楊と王が、外相の座を巡って激しく争った。楊は上海人で、王は北京人。当時の胡錦涛主席は「南方人」なので、上海人の楊の方が有利である。かつ、これは中国外交としてアメリカを重視するか日本を重視するかという争いでもあったため、楊が勝利して外相に就任した。中国では「一つの山に二頭の虎は容認されない」と言うが、敗れた王毅副外相は外交部を去った。

中国外相、ファーウェイ排斥は「正常でなく道義に反する」

ベルギー・ブリュッセルの欧州理事会で開かれた協議に出席する中国の王毅外相(2019年3月18日撮影)。(c)EMMANUEL DUNAND / AFP 〔AFPBB News

 だがそこは、転んでもタダでは起きない王毅である。去るにあたって要求したポストは、党中央台湾工作弁公室主任兼国務院台湾事務弁公室主任。中国が「不可分の領土」と主張する台湾担当部門のトップである。

習近平の「福建人脈」を取り込んだ王毅

 王毅がなぜこのポストに就いたかと言えば、台湾に隣接する福建省こそ、2012年の第18回共産党大会で最高権力に就くことがほぼ内定していた習近平が、かつて17年にもわたって数々の要職を務めていた地だったからである。そこから王毅は臥薪嘗胆し、習近平の「福建人脈」を取り込んでいった。

 それが結実したのが、2010年に忠臣・程永華を駐日大使に押し込んだことだったのだ。王毅は、2004年9月から2007年9月まで駐日大使を務めたが、自分の後任には、ライバル楊潔篪の工作によって、楊と同じ上海人で楊の忠臣・崔天凱が就いてしまった。そのため、崔天凱駐日大使の後任には、必ず自分の忠臣を就けようと決意し、捲土重来を果たしたのだ。

 王毅本人も、「習近平取り込み作戦」が功を奏し、習近平が国家主席に就任した2013年3月、楊の後任の外相として返り咲いた。王毅にとって、習近平は同世代の同じ北京人であり、長く地方に「下放」された経験も似ていた。ここから王毅外相は、習近平主席に絶対忠誠を誓う。

 王毅外相が恐れたのは、程永華駐日大使の後任に、再び楊潔篪が自分の手下を押し込んでくることだった。だから習近平主席に、「中日関係が悪化している現在は大使を替えるべきではない」などと言い訳して、程大使の最長不倒記録に貢献し続けたのだ。

 程大使も、そうした王外相の期待に応えた。例えば、毎年10月1日の国慶節(中国の建国記念日)を祝賀して、駐日中国大使が主催して盛大なレセプションが、ホテルニューオータニで開かれる。その時には程永華大使が挨拶に立つのだが、その内容が毎年、無味乾燥になっていったのだ。その理由は、王毅外相を見習って、「偉大なる習近平様」をことさらに強調するからだった。自由と民主の国に暮らす日本人には、「北朝鮮ではあるまいし」と思えてしまう。だがマジメな程大使は、上司の指示に忠実なのである。

新大使・孔鉉佑は朝鮮語も得意

 そんな程永華大使は、今年の習近平主席の訪日行事を終えて帰任する予定だった。昨年10月に安倍晋三首相が中国を公式訪問し、今年は習主席が国賓として公式訪問する約束をしていたからだ。5月に新天皇が即位するので、安倍政権としては、新天皇に初めて面会する外国の賓客ということで、この上なくプライドが高い習近平主席を満足させようとしたのだ。

 だがその計画は、雲散霧消してしまった。あの日本の同盟国のワガママ大統領が、「なぜオレが一番ではないのだ!!」と癇癪を起こしてしまったからである。かくしてトランプ大統領が、5月下旬に緊急来日することになった。

 今年年末には、ローマ法王が国賓として来日することが決まっている。日本国の毎年の国賓待遇は、最大2人である。そこで日本側は、「9月頃、国賓に次ぐ公賓待遇でいかがでしょう?」と打診したようだが、今度は中国側が「それなら行くものか」となり頓挫。かくして、程永華大使はお役御免となったのである。

「程大使は中国の次期外相になるのでは」との報道も日本であったが、それは100%ない。なぜなら中国の大臣ポストには、「就任時に65歳未満」という年齢条件があり、程大使は今年9月に65歳を迎えるからだ。程大使は帰任後、外交部を退職し、中日友好協会などの日本関連の名誉職に天下りするのではないだろうか。

 ちなみに、昨年3月の外相交代時には、楊潔篪が崔天凱駐米大使を外相に就けようと画策したようだが、やはり年齢制限でかなわず、王毅外相が逆襲し、異例の留任を決めた。

 おしまいに、後任の孔鉉佑新大使についても一言述べよう。

 黒竜江省出身の59歳で、東京の中国大使館で二等書記官、一等書記官、参事官、公使を務めたのは、程大使と同様である。だが、孔新大使の最大の特徴は、初の朝鮮族の駐日大使ということだ。孔新大使は、日本語も流暢だが、朝鮮語も流暢であり、現在は朝鮮半島事務特別代表を務めている。金正恩委員長と面会したこともある。

 そのため、日中外交はもちろんのこと、日朝外交についても、日本が何かと意見を聞ける相手だということだ。日本としては、この利点を活かすべきだろう。