金正恩氏が平壌に到着 国営メディア報道

越北部ランソン省のドンダン駅で列車に乗り込む前に手を振る北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(2019年3月2日撮影、資料写真)。(c)Vietnam News Agency / AFP〔AFPBB News

 ベトナムの首都ハノイで行われた米朝首脳会談では、北朝鮮の非核化とそれに見合うおみやげ(制裁解除、終戦宣言、支援)を決めるという合意ができず、したがって共同宣言に署名できなかった。

 客観的に見れば、両国とも相手国の狙いが明確に分かったことは、交渉の2歩や3歩の前進だと言える。

 今回、米朝が合意できなかった部分は、北朝鮮が非核化を完全に実施できるかどうかの核心部分である。

 それは、北朝鮮が進めてきた大量破壊兵器すべてのリストを提供することである。特にウラン濃縮施設がリストに入っていることと、その査察と廃棄が問題だ。

 このほかに私が注目しているのは、今回の会談で北朝鮮国家の期待に応えられず、金正恩委員長が人生で「初めての屈辱」を味わったことだ。

 北朝鮮の今後の方向性や戦略は、「金正恩委員長が受けた屈辱に対する怒りが抑えられるのか」によって大きく異なるのではないかと考える。

 どう転ぶにせよ、金正恩委員長の腹一つで決まるだろう。だから読めない。

1.北朝鮮は計り知れない期待を抱いていた

 駅のホーム一面に真っ赤な絨毯を敷いて、盛大な見送りを受け、金正恩委員長は特別列車に乗り込んだ。

 今回のような盛大な見送りの写真は、これまで朝鮮中央通信に掲載されなかったと、私は記憶している。

 同通信は、「敬愛する最高指導者が第2回朝米首脳の対面と会談で立派な成果を収めて、無事に帰国することを心から願った」と期待を込めて書いた。

【写真特集】視察する北朝鮮の指導者、金正恩氏

北朝鮮の国防科学院の試験場を視察する金正恩朝鮮労働党委員長。朝鮮中央通信配信(2018年11月16日配信、撮影日不明)。(c)AFP PHOTO/KCNA VIA KNS〔AFPBB News

 金正恩委員長はベトナムに向かう特別列車の中で、これから得られる成果を夢見ながら、列車から見える街並みや風景を見て、一駅一駅通過するたびに、北朝鮮はもうすぐ中国の都市や町のようになるだろうと思いを巡らせていたのだろう。

 会談が始まると、朝鮮中央通信は、「新しく到来する平和・繁栄の時代」「みんなが喜ぶ立派な結果が出る」「成功を祈願する全世界の関心と期待」といった表現を使用して、会談で大きな成果が出ることを期待しているという風潮であった。

 ドナルド・トランプ米大統領の「我々は極めて立派な関係を結んでおり、大いに成功した会談になると確信する」といった言葉も報じた。

 労働新聞は、金正恩委員長の今回の外遊に「全国が沸き返っている」とも伝えた。

 トランプ大統領も金正恩委員長に、ことあるごとに「あなたの国には、経済的にものすごい潜在力がある。あなたには、国の素晴らしい未来が待っているものと思う」と言ってきた。

 金正恩委員長は会談前から、トランプ大統領のお世辞に完全に舞い上がってしまっていたようだ。

2.直接交渉で大胆な決断を期待

 金正恩委員長は新年の辞で、「米朝関係が今年、良好な関係を築くことができる。双方の努力によって今後、必ずよい結果がもたらされると信じたい」と述べた。

 会談の初日、金正恩委員長は「素晴らしい会談、素晴らしい再開が用意されることになったのは、トランプ大統領閣下の大胆な政治的決断によるものだと思います」と述べた。

 北朝鮮はこれまで何度も、金英哲氏を特使としてワシントンまで行かせ、トランプ大統領へ直接、金正恩委員長の親書を渡してきた。それをトランプ大統領は至極喜んだ。

 北朝鮮は、実務協議に参加するマイク・ポンペオ国務長官やジョン・ボルトン大統領補佐官を騙すことはできないが、直接トップ会談で、トランプ大統領と交渉すれば、騙せると考えていた。

 そして、トランプ大統領が罠に嵌って大胆な決断をしてくれると期待したのだと思う。

 会談初日の「自信はあるか」との記者の質問には「予断はしない、私の直感では良い結果が出ると信じている」と答えた。

 制裁解除と終戦宣言の成果を欲しがり、前のめりになっていたのは金正恩委員長だった。

 金正恩委員長の経験の少なさ、中国や韓国とは上手くいったという実績が、甘い期待を持たせることになったのではないだろうか。

3.会談が決裂した最大の理由は何か

 トランプ大統領は会談後の記者会見で「北朝鮮は経済制裁の全面解除を要求してきた」と明かしたうえで、米国が寧辺の核施設や北朝鮮が公表していない核関連施設の査察や廃棄を求めたところ、金正恩委員長氏が難色を示したため「立ち去ることを決めた」と述べた。

 米朝会談で合意に至らなかったのは、「北朝鮮の要求は全経済制裁解除だったから」とトランプ大統領やポンペオ国務長官が述べている。

 私は、実質はウラン濃縮施設のリストアップと廃棄を求めたことが最大の理由だったと考えている。

 ウランの濃縮については、遠心分離機を数千台揃えさえすれば、地下の施設だけでなく通常の工場でも発見されずに核物質を製造することができる。

 北朝鮮は、ウラン濃縮施設について明確にリストに挙げて、隠蔽して核物質を製造することはないということを表明しなければならない。

 かつて北朝鮮は、ウラン濃縮の兆候を数多く指摘されても「やっていない」と主張してきた。

 だが、隠し通すことが不可能になり、あるいは主張した方が国益に繋がると判断した場合には、「うそ」を撤回して「事実」を表明してきたという経緯がある。

 米国はウランの濃縮問題について、北朝鮮に隠され騙されてきた。今回も同じことが繰り返されれば、トランプ大統領は「能なし大統領」と呼ばれることになる。

 トランプ氏はこれだけは避けたいところだ。

4.金正恩委員長の失望と今後の予測

 北朝鮮メディアは会談直前、北朝鮮人民が経済再建を待ち望む大きな期待を報じたのだが、結果は予想に反して得るものは何もなかった。

 会談後、ベトナム公式訪問の映像を見ると、金正恩委員長の魂が抜けたような、ぼーっとした無表情の写真が散見された。

 このような写真が出たのは、父の金正日総書記の葬儀の時以来で、金正恩委員長が北朝鮮のトップに就いてからは初めてではないだろうか。

 金正恩委員長にとってはそれほどの衝撃だったと見ていい。

 金正恩委員長は、ベトナムから帰りの特別列車に戻ってから、怒り狂っていたかもしれない。

 今回の会談では、これまで経験したことがないほどの屈辱を味わわされたものと思う。

 金正恩委員長は、北朝鮮金一族の後継者として大事に育てられてきたから、これまで屈辱というものを受けたことがないのではないだろうか。

 金正恩委員長は大きな恥をかかされたわけだから、今回米国の手の内を読み取れなかった者たちへの粛清は免れないだろう。

 金正恩政権内部では、北朝鮮への経済制裁が継続されるという前提で、今後の対米戦略を大転換するほどの見直しをしているに違いない。

 短期的な対米戦略としては、以下の3つのいずれかであろう。

①引き続き友好的な戦略を進めるのか

②再び2017年と同じような恫喝する瀬戸際戦略に逆戻りするのか

③2つの中間として友好的だが恫喝の兆候だけ見せる戦略を取るのか

 対韓戦略としては、米国の動きを無視して友好関係を加速させる、南北関係を悪化させて韓国を動揺させる、ことなどが考えられる。

 長期的に見ると、もしも交渉が進展しなければ、再び過激な挑発に進む可能性が高いとみるべきであろう。

 予想を超える事態が起こる予感もしないわけではない。