ロシア、平和条約協議は「北方領土の自動的引き渡し意味せず」

択捉島(2016年12月12日撮影、資料写真)。(c)ANDREY KOVALENKO / AFP 〔AFPBB News

 我が国は、1955年以来、北方4島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するとの方針の下、ソ連・ロシアとの間の平和条約締結交渉を継続してきた。

 日本は長年、4島一括返還を求めてきたが、安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領は、2018年11月14日、東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の首脳会議に出席したシンガポールで会談し、平和条約締結後に北方4島のうち歯舞群島と色丹島を日本に引き渡すことを明記した1956年の日ソ共同宣言を基礎に、日ロ平和条約交渉を加速させることで合意した。

 一部では2島先行返還への期待が高まっている。政府関係者は日本の4島返還の原則は変わらないと説明するが、2島先行返還を選択肢に交渉を進めるべきだとの議論もある。

 これまでの北方領土をめぐる交渉に関する国民の関心は、4島一括返還か、あるいは2島先行返還かであったが、今は北方領土をめぐる交渉においては、次の2つのことが注目されている。

 1つは「引き渡し」の意味、すなわち返還後の主権の問題、もう1つは「引き渡された」または「返還された」後の北方領土への米軍駐留の問題である。

 この2つの問題は、本平和条約締結交渉において最も重要かつ困難な議題である。つまりこれらの問題が解決されなければ本交渉は頓挫するかもしれない。

 これらの2つの問題はプーチン大統領の発言によって広く知られるようになった。

 それまで、多くの国民は、返還された領土は日本の主権下に置かれるものであり、かつ返還された領土への米軍駐留は、主権国家日本が独自に判断すべきことであるのと考えていた。

 しかし、そう簡単なことではなさそうである。

 以下、初めに「引き渡し」の意味について、次に北方領土への米軍駐留の問題(米軍の配置変更に関する事前協議を含む)について論じる。

1.「引き渡し」の意味

 筆者に限らず、多くの読者は、北方領土をめぐる交渉は、ロシアに不法に占拠された我が国固有の領土の返還交渉であるので、当然、「引き渡し」でなく「返還」と明記されているものと思っていたであろう。

 しかし、日ソ共同宣言第9項には、確かに平和条約が締結された後に引き渡される、と明記されている。

(1)日ソ共同宣言第9項

 第9項の条文は次の通りである(外務省資料)。

 「日本及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、両国間に正常な外交関係が回復された後、平和条約の締結に関する交渉を継続することに同意する」

 「ソヴィエト社会主義共和国連邦は、日本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞群島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する」

 「ただし、これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」

(2)プーチン大統領の発言

 プーチン大統領は、2018年11月15日、シンガポールでの東アジアサミット後の記者会見で、日ソ共同宣言でソ連が引き渡すとした色丹、歯舞両島について、「(両島の引き渡し後の)主権のことは記されていない」と述べ、2島の引き渡し後の主権については、今後の交渉対象となるとの認識を示した。(産経新聞11月15日)

(3)「引き渡し」をめぐる国会での議論

 共同宣言は、1956年10月19日にモスクワで署名され、同年12月5日に国会承認されている。

 この間の11月12日の衆議院・日ソ共同宣言等特別委員会で「引き渡し」をめぐる議論がなされている。

 長くなるが、当時のソ連の主張や国会・国会議員の当該領土に対する領有権に関する認識が分かるので、次に議事録 をそのまま紹介する。

大橋(武)委員:

 「共同宣言案第九項に、歯舞、色丹は平和条約締結の際、引き渡すと書いてあります。この引き渡しという言葉に相当する露語、ベレダーチという言葉は、譲渡、引き渡しなどと訳し、すこぶる意味の広い言葉なのであります」

 「元来歯舞、色丹、国後、択捉の返還という日本側の主張に対し、ソ連は、樺太、千島はもとより国後、択捉、歯舞、色丹は、いずれも現在すでにソ連領の一部となっておるものであって、平和に際し当然に日本に返還するという筋合いのものではない、もし日本に渡すという場合があるとすれば、それはすでにソ連領となっておる旧日本領の一部をあらためて日本に割譲することになるという主張を続けておるのであります」

 「そこで、ソ連にとっては、このペレダーチという広い意味の言葉を使うことは、特別の意味を持つことになるのであります」

 「すなわち、歯舞、色丹を日本に渡すのは、日本の領土を日本に返すのではなく、ソ連領の一部を新しく日本に譲渡するのだという意味を表わしておこうというのであります」

 「さればこそ、第九項に『本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、』という特別の文句がわざわざつけてあるのであって、日本のものを日本に返すのならば、何もかようなもったいをつける必要はないはずであります」

 「日本のものでないソ連のものを特別に日本に渡すというのであるから、かような文句をつけ加えているのであります」

 「その結果は、将来ソ連は、共同宣言は歯舞、色丹さえソ連領であるという前提を認めているではないか、いわんや国後、択捉は、樺太、千島とともにソ連領であることは当然であるという立論を必ず打ち出してくるのであります」

 「かように考えますと、第九項は、歯舞、色丹をも含めて現にソ連の占領している地方はすべてソ連領になっておるという、ソ連のかねてからの主張を巧妙に織り込んであるものといわなければなりません」

 「従って、将来平和条約締結交渉の際、ソ連はこの条項を援用して、歯舞、色丹以外の領土は共同宣言の際ソ連領として決定済みであるという主張を展開して参るでございましょうし、また、さような主張をいたした場合には、当方としても文理上その主張を打ち破ることは相当に困難になるであろうということを覚悟しなければなりません」

 「従って、将来国後、択捉の領土権を討議する機会があったといたしましても、それは、領土の返還を求めるということではなく、ソ連領の一部となっておるものをあらためて割譲せしむるという、全く新たな問題とみなされるおそれがあるのでございまして、択捉、国後の返還はこの点において事実上すこぶる困難となると思われるのでございまするが、政府の御見解を承わりたいと存じます」

松本全権委員:

 「大橋さんの質問に対して、私が交渉の衝に当りましたので、はっきりお答え申し上げます」

 「この日本語の引き渡しに当を(筆者注;「当たる」の誤字?)露語につきましては、十分研究をいたしました」

 「先方の日本語をよく知っておる専門家とこちら側の専門家が十分協議した上に、この案文は引き渡しという案文になっておるのであります」

 「この引き渡しの意味は、日本語の引き渡しの意味するごとく、単なる物理的な占有の移転を表わす言葉であります」

 「従いまして、日本側といたしましては、歯舞、色丹は日本の固有の領土であって、北海道の一部であるということは、私が当初から最後まで主張いたしておるところであります」

 「従いまして、引き渡しという意味は、そういう日本側の歯舞、色丹に対する建前を通して、こういう字句で十分だと考えましたので、私もこれを受諾いたしまして、この点を鳩山全権に報告いたしました上で、署名になったのでございます。かように御了承願います」

(4)筆者の所見

 大橋委員の質問内容を見れば、当時、日本は「引き渡す」を主張するソ連の意図・思惑を十分に理解していたこと、およびこの「引き渡す」という言葉が将来に禍根を残すことになることを懸念していたことがうかがわれる。

 一方、松本全権委員の回答は、なぜ、「返還」でなく「引き渡し」になったかを説明していない。

 ちなみに、辞書を引くと返還に相当するロシア語(Возвращение)が存在する。

 厳しい交渉の末に、ソ連側に押し切られたという印象である。

 この背景には「もともと4島は戦前から日本固有の領土であり、ソ連が不当に占拠したものである」という日ロ間の共通認識がないところに問題があるように思える。

 難しい外交交渉の場合、双方のメンツを立てるあるいは交渉の決裂を回避するために「玉虫色」の表現などで決着を図るというのが常套手段である。

 件の交渉においても、両者が国内向けに説明ができる玉虫色の合意をしたものと思われる。

 上記国会議論における大橋委員の「ソ連にとっては、このペレダーチという広い意味の言葉を使うことは、特別の意味を持つことになる。すなわち、歯舞、色丹を日本に渡すのは、日本の領土を日本に返すのではなく、ソ連領の一部を新しく日本に譲渡するのだという意味を表わしておこうというのである」という発言は、まさに今回のプーチン大統領の発言を予見したものである。

 さらに、うがった見方をすれば、当時の政府は、4島一括返還要求が難しいことを承知しており、歯舞、色丹2島の「引き渡し」で折り合いをつけるつもりであったとも考えられる。

2.北方領土への米軍の駐留の問題

 プーチン大統領は、歯舞、色丹2島を日本に引き渡した後に、当該領土へ米軍が配置されることを懸念し、米軍の当該領土への非配置を、交渉を進めるための前提条件として提示した。

(1)プーチン大統領の発言

 2018年12月20日、モスクワ市内で年末恒例の記者会見で次のように述べた。

 「プーチン大統領は、北方領土を日本に引き渡した場合に米軍が駐留する可能性を改めて懸念し、沖縄の基地問題を例に「日本にどのくらい主権があるのか分からない」と発言した。平和条約を心から締結したいとしながら、「(安全保障上の)問題への回答なしに我々は重要な決定を下せない」と語った」(日経新聞12月21日)。

(2)米軍の配置変更に関する事前協議

 米軍の日本国への配置における重要な変更は、1960年の日米安全保障条約改定の際の「条約第6条の実施に関する交換公文」に基づき事前協議の対象となっている。

 しかし、小規模の陸上部隊の配置の変更は事前協議の対象とはなっていない。

 以下、事前協議の法的根拠について、外務省の資料「日米安全保障条約(主要規定の解説)」 に基づき順を追って説明する。

●日米安全保障条約第6条

 米軍が日本に駐留する法的根拠は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」(以下、日米安保条約)第6条である。

 第6条には次のように規定されている。

 「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」

 「前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、1952年2月28日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される」

 第6条前段は、我が国の米国に対する施設・区域の提供義務を規定するとともに、提供された施設・区域の米軍による使用目的を定めたものである。

 第6条後段は、施設・区域の使用に関連する具体的事項及び我が国における駐留米軍の法的地位に関しては、日米間の別個の協定によるべき旨を定めている。

 なお、施設・区域の使用および駐留米軍の地位を規律する別個の協定は、いわゆる日米地位協定である。

 米軍による施設・区域の使用に関しては、「条約第6条の実施に関する交換公文」(いわゆる「岸・ハーター交換公文」)が存在する。

●「条約第6条の実施に関する交換公文」

 米軍の日本国への配置における重要な変更は、1960年の日米安全保障条約改定の際の条約第6条の実施に関する交換公文に基づいて設けられたものが事前協議の対象となっている。交換文書には次のように規定されている。

 「合衆国軍隊の日本国への配置における重要な変更、同軍隊の装備における重要な変更並びに日本国から行なわれる戦闘作戦行動(前記の条約第五条の規定に基づいて行なわれるものを除く)のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用は、日本国政府との事前の協議の主題とする」

 この交換公文は、以下の3つの事項に関しては、我が国の領域内にある米軍が、我が国の意思に反して一方的な行動をとることがないよう、米国政府が日本政府に事前に協議することを義務づけたものである。

・米軍の我が国への配置における重要な変更(陸上部隊の場合は一個師団程度、空軍の場合はこれに相当するもの、海軍の場合は、一機動部隊程度の配置をいう)。

・我が国の領域内にある米軍の装備における重要な変更(核弾頭及び中・長距離ミサイルの持込み並びにそれらの基地の建設をいう)。

・我が国から行なわれる戦闘作戦行動(第5条に基づいて行なわれるものを除く)のための基地としての日本国内の施設・区域の使用。

 なお、核兵器の持込みに関しては、従来から我が国政府は、非核三原則を堅持し、いかなる場合にもこれを拒否するとの方針を明確にしてきている。

(3)筆者の所見

 わが国では、本平和条約締結交渉の経済的側面のみが注目されているが、本当は安全保障上の問題である。

 ロシアの安全保障上の懸念をいかに払拭できるかが本交渉の成功のカギと言える。

 オホーツク海は軍事戦略的な要衝である。

 「クリル」諸島(北方4島・千島列島)は、ウラジオストク配備の主要水上艦を中心とする艦艇の太平洋への自由なアクセスを維持していくうえで重要である。

 さらに、ペトロパヴロフスクには、最大射程8300キロの最新型SLBMブラヴァを搭載した新型の戦略原潜(ボレイ級)が配備されているように、オホーツク海は戦略原潜を防護する聖域「bastion(バスチオン)」となっている。

 このようにロシアから見た北方領土・千島列島の軍事的意義は極めて大きい。

 プーチン大統領は、オホーツク海の防衛を念頭に、両島を日米安全保障条約の適用外にするよう要求しているとも伝えられている。

 従って、冷戦の終結後「最悪」と言われ米ロ関係を考慮すると、オホーツク海に面した北方領土への米軍駐留は不可能であると言わざるを得ない。

 ところが、米国が色丹・歯舞2島への米軍の駐留を要求してきた場合、日本政府には、それを拒否する権限を有していない。

 日米安保条約は、米国が日米安保条約の目的のために必要だと判断したら、日本の領土のどこにでも部隊を配置することができる「権利」を米国に付与している。

 そして、唯一事前協議という制約を設けている。

 従って、この問題の解決策の一つは、北方領土への米軍の配置を規模にかかわらず事前協議の対象とすることである。

 上記の外務省の資料によると、事前協議の対象となる陸上部隊の配置における重要な変更とは一個師団程度である。すなわちこれより小規模の陸上部隊の駐留は事前協議の対象とはなっていない。

 歯舞群島(95平方キロメートル)、色丹島(252平方キロメートル)は、小さな島であり、一個師団の受け入れ能力はなく、多くても数個大隊程度であることから、現状では米国は事前協議なしに北方領土に小さな部隊を配備することができることになっている。

 ゆえに、事前協議において米国の要求を拒否できるかどうかは別にして、北方領土への米軍の駐留を規模にかかわらず事前協議の対象とすべきである。

 これには、「条約第6条の実施に関する交換公文」の見直しが必要となる。

 この見直しは米国の同意が必要となる。なし崩しになることを恐れる米国は、「条約第6条の実施に関する交換公文」の例外規定の設定は受け入れられないと強く拒否するかもしれない。

 そのうえ、たとえ見直しに成功したとしても、ロシアがそれを受け入れるとは限らない。その場合は、米ロ間の何らかの協議・合意が必要となるであろう。

 このように、北方領土への米軍駐留の問題は、日米安保条約や米ロ関係が絡む極めて難しい問題である。従って、この問題の解決には、外交当局者の並々ならぬ努力が必須となる。

 さらに厄介なことは返還後の領土にロシア軍の駐留をロシアが要求してきた場合の対処である。

 プーチン大統領は上記の発言以外にもたびたび沖縄の米軍駐留に言及している。一般的には返還後の歯舞、色丹2島への米軍駐留を懸念しての発言とみられている。

 しかし、うがちすぎかもしれないが、沖縄返還後に米軍の駐留を合法的に認めるのであれば、同様に返還後の北方領土にロシア軍の駐留を求めてくる可能性がないとは言い切れない。

 その時、我が国はロシアの要求に如何に対処するのだろうか。経済活動に対する支援強化のみでロシアが引き下がるとは思えない。

おわりに

 既述したが、返還後の主権の問題と北方領土への米軍駐留の問題は、極めて困難な議題である。しかし、これはロシア側が投げたボールである。

 日本側がそれ以上の難しいボールを投げ返さないと交渉はロシア側のペースとなってしまう。

 「北方領土返還を求める日本の立場は法と正義に基づくものである」といくら唱えてみてもロシアの姿勢は変わらないであろう。

 その場合、色丹・歯舞2島の「主権なき返還」により北方領土問題の「最終決着」となる恐れがある。あるいは、北方領土を切り離した日ロ平和条約締結になってしまうかもしれない。

 元外交官の宮家邦彦氏は「交渉とは言論による格闘技ですから、物理的腕力の強い奴がつねに勝つ訳ではありません。論理的腕力さえあれば、勝つチャンスは大いに高まるといえるでしょう」『ハイブリッド外交官の仕事術』(PHP文庫)と述べている。

 外交当局者の論理的腕力に期待したい。

 最後に、筆者の個人的な意見を述べれば、日本政府は、領土問題をまず解決するという「入口論」から、友好関係を発展させ、その結果として将来領土問題の妥協的解決を実現するという「出口論」に交渉方針を転換すべきである。

 本領土問題の解決には日米安保条約や米ロ関係が絡む複雑な要素が存在しているため、真に対等な日米関係への転換や米ロ対立の緩和などの国内外情勢の大きな変化を待たざるを得ないであろう。

参考文献:

1:衆議院会議録情報 第025回国会 日ソ共同宣言等特別委員会 第7号
kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/025/0704/02511250704007a.html

2:外務省「日米安全保障条約(主要規定の解説)」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/jyoyaku_k.html