日産自動車では「ポスト・ゴーン」選びが始まっている(写真:ロイター/アフロ)

(ジャーナリスト・大西康之)

 日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が有価証券報告書の虚偽記載容疑で逮捕されてから、間もなく二週間。日産と三菱自動車は早々とゴーン氏を会長職から解任したが、仏ルノーは態度を保留している。日本とフランスの間にあるこの温度差は何なのか。日産、ルノー、三菱自動車に関わる幾つかの人事から、「ゴーン逮捕」の背後にある力学を読み解いてみよう。

 日産の西川廣人社長兼最高経営責任者(CEO)、ルノー暫定トップのティエリー・ボロレ副CEO、三菱自の益子修会長兼CEOは29日、ゴーン氏が逮捕されてから初めて協議を開き、今後の3社連合の意思決定は3社トップの合議制にすることを確認したが、ゴーン元会長の後任となる3社連合のトップ人事については議論しなかった、と伝えられている。

日産の「ポスト・ゴーン」選びに通産省の意向も

 一方で日産自動車の「ポスト・ゴーン」選びはすでに始まっている。日産は社外取締役の豊田正和氏を委員長とした委員会を立ち上げ「現在の取締役の中から会長の候補を提案する」方向で絞り込みに入っている。ゴーン氏とその側近だったグレッグ・ケリー氏が逮捕された後、残る取締役は7人。この非常時に会長が務まりそうなのは、前会長の志賀俊之氏か豊田氏のどちらかだ。

 豊田氏は経産省の出身で、日産の社外取締役には今年の6月に就任した。1973年入省で、商務情報政策局長、経済産業審議官などを経て2008年の内閣官房参与を最後に退官した。事務次官にこそなっていないが、経産官僚としてはかなりの大物だ。

日印両政府、EPAの年内締結に意欲

2007年8月22日、インドの首都ニューデリーで開かれた財界人会議に出席した経済産業審議官時代の豊田正和氏(中央)(c)AFP/Manpreet ROMANA〔AFPBB News

 退官後は日本エネルギー経済研究所の理事長を振り出しに、社外監査役や社外取締役として日東電工、キヤノン電子、村田製作所を渡り歩いている。来年、70歳になる豊田氏の天下り人生もそろそろ「上がり」が近づいていたはずだが、その豊田氏が今年、日産に送り込まれ、この局面で「ポスト・ゴーン」を決める重要なポジションを担っているのは興味深い。会長選びに経産省の意思が反映されるのは間違いない。

 経産省が急遽、大物OBの豊田氏を日産に送り込んだのは、ルノーを介して日産に「支配」の手を伸ばそうとしていたフランス政府に対抗するためと見られる。
「ゴーン逮捕」の火種が生まれたのは2015年4月。当時、経済相だったマクロン大統領が、フランス政府のルノーでの議決権を2倍に引き上げる指示を出したときだ。このころからマクロン氏はルノーの経営に介入する意思を見せ始め、大統領になってからも「ルノー・日産の経営統合」を主張している。

マクロン大統領に歩み寄ったゴーン氏

 2015年の時点でゴーン氏は、仏政府によるルノーの経営への介入に反対していた。政府の影響力が高まれば、不況時に人員削減や工場閉鎖が実施しにくくなるからだ。政府の支援を受けながらリストラを先送りする経営は、「コストカッター」と呼ばれるゴーン氏のスタイルと相容れない。

 だがルノーCEOの任期が切れた昨年、ゴーン氏はマクロン大統領に歩み寄った。2022年までのCEO任期延長と引き換えに、政府の介入を受け入れた節がある。ここからゴーン氏とマクロン大統領は「ルノーと日産、三菱自動車の経営を不可逆的なレベルまで統合する」という方針で歩調を揃えた。

 これを脅威と受け止めたのが西川氏ら日産の日本人経営陣と三菱自動車、経産省だ。

「ルノー・日産・三菱自」統合会社の経営権をフランス政府が握るような事態になれば、極端な場合、日本にある日産や三菱自の工場を閉めてフランスにあるルノーの工場に生産を移管するようなケースも考えられる。日本の部品・素材メーカーを切り捨てて、フランスのサプライヤーの仕事を増やすこともできる。それで統合会社が強くなるかどうかは別の話だが、少なくとも足元でフランスの雇用が増え、マクロン大統領の支持率アップには貢献するだろう。自動車版「フランス・ファースト」である。

 資本の論理では日本はフランスにかなわない。日産の発行済株式の約43%を持つルノーは拒否権を持っており、一方の日産はルノーに15%出資しているが、これは議決権を持たない株であり経営にはほとんど口を出せない。

 マクロン大統領とゴーン氏が着々と「経営統合」に向かって歩みを進める中、日産の日本人経営陣や経産省は「資本の論理」を覆すための一手を探っていた。その1つが「日産によるルノー株の買い増し」ではないかと筆者は睨んでいる。

 日産による出資比率が25%を越えればルノーの日産に対する議決権が相殺され、日産は経営の自主性を確保できるからだ。資金源は「官製ファンド」である。

 2018年9月、産業革新機構(INCJ)を改組して誕生した産業革新投資機構(JIC)。産業革新機構の設置期間を大幅に延長し、2兆円の投資枠を4~5兆円に拡大する計画もある。過去にルネサスエレクトロニクスやジャパンディスプレイ(JDI)に数千億円を投資し、東芝メモリを買収した日米韓連合の一翼も担う。JICの社長に就任したのは三菱UFJ銀行出身の田中正明氏。頭取にはなれなかったが海外の金融機関に幅広い人脈を持つ大物バンカーで、経産省とも近い。さらにJICの子会社になったINCJの会長は日産取締役の志賀俊之氏である。

日産はまだ「隠し玉」を持っている?

 JICの表看板は「ベンチャー投資」だが、INCJの資金の過半がルネサスやJDIといった日本の電機産業の再編・再建に注ぎ込まれたことを考えれば、日産・三菱自の経営権をルノーから取り戻すことにJICの資金が使われても不思議はない。資金を拠出するJICには田中、受け取る日産には豊田と志賀がいる。そしてJICと日産の背後にいるのが経産省という見立てである。

 マクロン大統領とゴーン氏の「連携」に警戒感を強めた日産の日本人経営陣と経産省は、要所の人事で布石を打って「日産奪還」の布陣を整えた上で、ゴーン氏の追い落としに出た。当然、フランス側は反撃に出るだろうし、有価証券報告書の虚偽記載だけでゴーン氏を仕留められるとは思えないので、日本側はまだ「隠し球」を持っているかもしれない。事態の推移は予断を許さないが、これがゴーン氏個人のスキャンダルでないことだけは間違いなさそうだ。