米首都ワシントンで桜が見頃

米首都ワシントンで、朝焼けに浮かぶ桜の写真を撮る男性(2018年4月4日撮影)。(c)AFP PHOTO / SAUL LOEB〔AFPBB News

 前回「さくらんぼ計算」のコラムを記したところ、驚くほど多くのリアクションをいただきました。

 てっきり、タイミングのいいカルロス・ゴーン報道で一色と思ったのに、ダントツ1位のビューとのこと、こうした問題に読者の多くにご興味いただけたようで、大変嬉しいです。

 私がこれを記しているのは「AI時代の初等教育」に問題意識を持っているからにほかなりません。

 小学校1年の算数と言えば、あらゆる教育の根っこ、基礎の基礎です。

 「闇雲でやったらやりっぱなしの計算ではなく、きちんとした検算の生活習慣を一生のものとして身につけないと、とんでもないことになるぞ」という危機の意識を、実のところ持っています。

 今後、生活の多様な局面に自働システムが普及すると、現在とは比較にならないくらい「頭ごなし」「天下り」の数字や結論が氾濫することでしょう。

 中には必ず、悪質な詐欺などの犯罪も紛れ込んでくるに違いない。

 そんなとき、賢く自分の頭で考えて、適否正邪の判断が下せる子供を育てなければなりません。

 その1の1として「さくらんぼ計算」問題は重要な示唆を投げかけていると思います。

 秋の連休でもありますので、親子の話題に、こんな内容を記してみました。

◆特別公開中◆
本記事は、期間限定で特別公開しておりますので、最終ページまでお読みいただけます。続けてお読みください。(すべての記事をお読みいただける「JBpressプレミアム会員」のご登録もぜひお願いいたします。)

スーパーやコンビニのレジにて・・・

 皆さんは、スーパーやコンビニのレジで買い物の支払いをするとき、金額の合計をどのように確認していますか、あるいは、していませんか?

 例えば、税込み金額が各々

缶コーヒー   113円
コロッケ     85円
フライドチキン 120円

 という買い物をして、合計金額として

 「321円です」と言われたら、反射的に「おかしい!」とレジにクレームをお入れになられますか?

 113+85+120=318円 で 321円 では3円余計に請求されている形になります。

 言われるたびごとに計算をすべて実行すれば「321円」という請求金額がおかしいことはすぐに分かります。

 しかし、そうでなくても、例えば下1桁だけを追って行っても

3+5+0=8

 ですから、請求金額の下1桁が8でなければ、瞬時に「変だ」と感知することができます。

 理学部で物理など習うと、理論計算でも文字式で得た結果に実際の数値を入れて行って、結果として発狂した結論になっていないか、直観で吟味する、あるいは実験装置のインジケータが示す数値が、まともな物理現象の記述になっているかを常識的に判断するといったことを、徹底して叩き込まれたものでした。

 少なくとも30年ほど前の時点においては・・・。

 日本人は、レジで、計算の合計金額は計算したりしなかったりですが、お札を渡してそのおつりについては、かなりの人が、暗算で確かめ算をしているように思います。

 例えば 857円の買い物をして、おつりが150円以上あった(ら、得した、と思って黙って持って行くという人もいるでしょうが、ともかく変だと気づく)とか、おつりですといって123円しかくれなかったりしたら、

 「釣銭が不足してますよ」とレジ打ち担当にクレームをつけるのが普通ではないか・・・。

 いまだ「珠算」が普通に存在した昭和高度成長期の遺物である私には、こんなことはこまめに計算して当たり前、という意識がありますが、この頃の若い世代はどうなのでしょうか?

 というのも、これが全くない社会を、並行して日常的に経験するからです。

 欧州で(私が分かるのはドイツですが)スーパ―でレジを担当している人は、かなりの確率で何も考えず、金額を打ち込んで、結果として7セグメントで表示される金額を渡しているように思います。

 割り方高頻度で、計算ミスに遭遇しますが、それを指摘した際のリアクションで、ああ、この人は何も考えていないのだな、という事情が知られます。

 いま、レジの勘定や釣銭計算でも、こんな具合ですから、ましていわんや、これがAIの計算する様々に複雑な処理であれば、いい加減な追い方ではとてもフォローできません。

 その結果、コンピュータ―まかせ、システム丸投げで、中身を何も考えないという現象が起きると、えらいことになります。

 あえて実名は伏せますが、とある外資系の超一流企業の専従で、コンピュータ―のはじき出したクレージーな計算のミスを見抜くことができず、一緒に関わっていた大学院生たちに

 「こういうときは、どのようにそれらしくクライアントに見せるかが大事」とのたまわった担当者がいました。

 まだ30代と思いますが、ちょっとこのケースは終わっています。なまなかなデジタルおみくじでは、ロクな結果が出てこないのは、物理などの観点から機械学習やAIを考える人の大半が共有する常識と思います。

 しかし、現実のレベルはもっと低く、またそれを当てこんだ詐欺その他も多く横行することが懸念されます。

 テクノロジーベースでは、そんな時代が近づいているなか、小学校1年レベルから、日常的な計算に「検算」の習慣をつけること、吟味して、直観的に納得がいき、発狂していない結果を確認していくことは、本当に重要だと思います。

 そういう、直観的な納得と吟味の例を「さくらんぼ計算」の延長で1つ記してみましょう。

「さくらんぼの種を抜く」

 例えば、いま

17×9=?

 という計算があったとしましょう。

 手元がふさがっていて、これを暗算しなければならないというとき、皆さんなら、どのように計算されるでしょうか?

 まず 「しちくろくじゅうさん」ですから、下1桁は3になる。これは分かりやすいでしょう。具体的に筆算と同様のことを実行してもよいのですが、例えばこんな計算はどうでしょう?

 17は20から3を引いたものになります。

 これは常に成立する。前回もお話しした「恒等式」です。

 では、少しだけ「さくらんぼ計算」に似た、この恒等式を使って、楽な計算をしてみたいと思います。

 さくらんぼ計算では「2つの足し算」に「分けていた」わけですが、上では引き算で、20というかたまりから3という小さな部分を除いている。

 これを「さくらんぼの種抜き」と呼ぶことにしましょう。

 絵で書くなら

 こんなふうに考えると、元の問題は、以下のようにとらえ直すことができるでしょう。

 ポイントは、実際に実行すべき計算の大半が「九九」の範囲に繰り上がり桁の「0」がついただけで、それら同志の簡単な加減算で、論理的には同じ正解が得られる点にあります。

 答えは153と得られました。

 「さくらんぼ検算」と同様に、もう1つの方でも「種抜き」をしてみましょう。

 170-17ですから、より露骨に153が正しい答えと、直観的にも確かめられました。

 ということで、まずもってこの答は間違いがないと、模範解答も先生の採点も無関係に、自分自身で納得がいく論理操作ができたように思われます。

 今日の物理学は理論家と実験家が完全に分業していますが、最後の「大理論家かつ大実験家」であった物理屋として、エンリコ・フェルミ(1901-54)の名を挙げても、いささかでもまともな物理に関わる人なら、誰も否定しないでしょう。

 「原子の火」をつけた張本人でもありますが、何も知られぬ時代にゼロからそれを実現したので、被曝したいだけ被曝して、最期は凄惨な闘病生活であったことを、最も若いフェルミ教授の博士学生だったジェローム・フリードマン博士から直接伺ったことがあります。

 チャンドラセカール、南部、ヤンといったそうそうたる物理学者が、看病や心のケアに奔走した経緯を直接当事者からうかがったのは、私にとって一生の宝ものになっています。2004-05年にかけて、国連「世界物理年」の日本委員会幹事を務めたときにうかがいました。

 このフェルミ教授が、直観的に整合した計算であるかをざっくりと見積もる計算の達人中の達人であったのは、人も知る事実で「フェルミ算」といった言葉が現在でも使われています。

 AI時代に子供たちに求められる、最も重要な「計算能力」は、鶴亀算でもバブルソートでもなく、この「フェルミ算」だと断言して構わないと私は思っており、その原点が「さくらんぼ検算」にあると言えるかと考えます。

 代数計算を含めた、こうした問題系、引き続きもうすこし掘り下げてみたいと思います。

(つづく)