京都大学・吉田キャンパスの百周年時計台記念館(出所:京都大学)

 京大高等研究院の本庶佑特別教授(76)が2018年10月1日、ノーベル医学・生理学賞を受賞すると報じられた。本庶教授は免疫の働きにブレーキをかけるたんぱく質「PD-1」を発見し、これを取り除くことにより、がん細胞を攻撃する「がん免疫療法」の開発に結びつけた功績が評価されたという。京大は筆者の出身大学であり、その母校の教授がノーベル賞を受賞するということを大変嬉しく思う。 

 本庶教授のノーベル賞受賞により、日本人のノーベル賞受賞者は合計27人になった(その内、2008年の南部陽一郎氏(物理)は米国籍、2014年の中村修二氏(物理)は米国籍、2017年のカズオ・イシグロ氏(文学)は英国籍)。

 日本人ノーベル賞受賞者を出身大学別に分類すると、京大は自然科学分野のノーベル賞受賞者が最も多く、受賞者がほぼ約10年に1人の割合で出現していることが分かる。本稿では、なぜこのような結果になるのかを、筆者の体験談をもとに考察する。そして、知的生産力は物的生産力のピークより遅れてやってくることを紹介し、現在の日本が知的生産力のピークにあるかもしれない推論を述べる。

出身大学別のノーベル賞受賞者

 図1に、27人の日本人ノーベル賞受賞者の出身大学別の分類を示す。なお、出身大学とは、そのノーベル賞受賞者の学部卒業時の大学を意味する。

図1 日本人ノーベル賞受賞者の出身大学(学部)

(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54305

◆特別公開中◆
本記事は、期間限定で特別公開しておりますので、最終ページまでお読みいただけます。続けてお読みください。(すべての記事をお読みいただける「JBpressプレミアム会員」のご登録もぜひお願いいたします。)

 

 例えば、2012年にiPS細胞の研究でノーベル医学・生理学賞を受賞した山中伸弥氏は、ノーベル賞受賞時は京大に在籍していたが、学歴としては神戸大学の医学部を卒業し、大阪市立大学大学院で修士および博士号を取得したため、上記分類では「神戸大学」ということになる。

 さて、図1からは、以下の傾向を読み取ることができる。

(1)2000年を過ぎてから受賞者が増大している。2000年以前は、1949年の湯川秀樹氏から1994年の大江健三郎氏まで8人、つまり、45年間で8人(5.6年に1人)しかいないが、2000年以降は、18年間で19人(ほぼ毎年1人)が受賞している。

(2)出身大学別では、東大8人、京大7人、名古屋大3人の順となっている。自然科学3分野に限れば、京大7人、東大6人、名古屋大3人の順となる。

(3)自然科学3分野に限ると、東大、名古屋大などが2000年以降に集中しているのに対して、京大だけが1949年の湯川氏以降、散発的に受賞している。湯川氏以降、69年間で7人の受賞者であるから、ほぼ10年で1人のペースとなっている。

 以上から、京大は、「自然科学分野のノーベル賞受賞者が最も多く、ほぼ10年に1人の割合で受賞者が出現する」というユニークな特徴を持つことが分かる。

 では、なぜ、京大がこのような特徴を持つのだろうか?

筆者の体験談による私見

 筆者は、1981~1987年までの6年間、京大に在籍した。その皮膚感覚からすれば、この特徴が腑に落ちるのである。その根拠は以下の通りである。

 京大に入学してまず感じたことは、「こんなに自由でいいのか?」ということだった。何の拘束もないことに眩暈すら覚えた。教養の2年間は外国語と体育さえサボらなければ、後は何をしていても良かった。名物数学教授だった故・森毅氏などは、「大学生のくせに講義なんか出るな」とまで言っていた。だから、ほとんどの学生がバイトやサークルや遊びにうつつを抜かしていた。

 ところが、あまりにも自由だからこそ、それを利して徹底的に勉学に励む学生もわずかながらいた。典型例として、湯川秀樹に心酔して理学部に入学し、1回生からランダウ・リフシッツの『量子力学』などを読みこなし、4回生や大学院のゼミにまで顔を出すような猛者が存在した(なぜか関西系の大学では、“○年生”のことを“○回生”と呼ぶ)。このようなスーパー勉学者がノーベル賞級の学者になるのかもしれないと思うのだ。

 しかし、京大生の平均的学力レベルは、東大生と比べると、一部のスーパー勉学者を除けば、惨憺たる有様だと思う(少なくとも筆者が在籍した当時は)。東大では、2年生から3年生になるときに進学振り分けが行われるため、多くの学生が入学してからもかなり勉学に励まなくてはならないと聞く。したがって、東大生の平均学力レベルは、京大生よりはるかに高いと思われる。

学科という境界がない理学部

 筆者は2回生から3回生になるときに転部試験を受けて、農学部から理学部数学科へ転部した。ここでも驚くべき体験をした。

 まず、理学部内の学科の移動は自由である。というより、学科という概念がない。境界領域や複合領域を研究するための仕組みかもしれない。学科の壁がないから、卒業するときには教務課から「あなたは何を学んだのですか?」と聞かれる。「物理学かな?」と答えると、卒業証書には「主として物理学を学んだ者」と記載される。

 理学部の数学は芸術のようで自分には合わないと感じた筆者は、すぐに素粒子・原子核物理へ鞍替えした。そして素粒子論の講義で次のように言われたことにさらに衝撃を受けた。

「大学というのは天才が1人いれば10年持つ。しかし、どう見ても君らは天才ではない。だから、とっとと卒業して出て行ってくれ。優が欲しければ試験用紙に『優をくれ』と書け。お望みの成績をあげますよ。だから留年しないで卒業してもらいたい」

 理学部の先生たちがこのように言うのにも訳があった。京大(特に理学部)は留年率が高く、8回生まで居残る者も多かった。1学年約300人に対して、理学部物理学の修士課程の枠は当時26人しかなく、“大学院浪人“がどんどん溜まっていくからだ。

 結局のところ、京大の特徴は、「ほとんど拘束がなく自由」「学科間の移動も自由」「徹底的な少数精鋭主義」にあるといえる。

 圧倒的な自由な環境の中で、才能があるものが、自力で能力を伸ばし、その結果としてノーベル賞級の研究者が誕生する。その頻度が(結果として)だいたい10年に1人になるのではないか──と筆者は考えている。

日本はいつまでノーベル賞受賞者を輩出できるか

 筆者が考える理由が正しいかどうかは分からないが、京大がほぼ10年に1人の割合でノーベル賞受賞者を輩出し、また、2000年以降、日本では、ほぼ1年に1人の割合でノーベル賞受賞者が出現している。

 しかし、「ほぼ1年に1人の受賞者」がいつまで続くかについては、不安がある。というのは、最近のノーベル賞受賞者が、口を揃えて「日本の大学の基礎研究力が劣ってきている」ことを懸念しているからである。

 上記に加えて、ちょっと古い本であるが、後藤尚久氏(東京工業大学名誉教授)が著書『アイデアはいかに生まれるか』(講談社、1992年)の中で、日本が知的生産力において、ピークを保てる期間はそう長くはないことを予言しているからである。以下に後藤氏の論説を紹介しよう。

遅れてやってくる知的生産力のピーク

 前掲書で後藤氏は、「いかにして独創的なアイデアを生み出すか」を論じているが、筆者の注目した点は、これとは別にあった。

 後藤氏によれば、イギリスはナポレオン戦争に勝った1815年から世界最大の債権国(つまり最も金持ちの国)になり、この時代が100年続いた。次に、アメリカの時代が70年続き、そして、日本の時代が21世紀初頭までの40年続くだろうと予測している。そして、世界最大の債権国の期間が100年 → 70年 → 40年と、徐々に短期化していることを指摘し懸念している。

 後藤氏がこの本を出版したのは1992年。バブルが崩壊した直後とはいえ、経済大国となった日本の繁栄が21世紀初頭で終わることを、何のためらいもなく言い切っていることに驚かされる。

 次に後藤氏は、国の知的生産力のピークが、物的生産力のピークより遅れてやってくることを指摘している(図2)。後世に残るような知財は、経済的余裕があってはじめて生まれるというのがその根拠である。

図2 国の物的生産力と知的生産力
(出所:後藤尚久『アイデアはいかに生まれるか』講談社)

イギリスやアメリカの事例

 例えば、1815年に世界最大の債権国となったイギリスは、フランスのナポレオンに「小売商人の国」と軽蔑されたという。欧州大陸に蓄積された紡績技術などの知財を利用して安価な綿織物を生産し、これを輸出して富を稼いでいたからだという。ところが、19世紀後半になるとイギリスに、ダーウィンの進化論やマクスウェルの電磁気学など独創的な知財が生まれている。

 また、第1次大戦中に世界最大の債権国になったアメリカは、「欧州で生まれた自動車で金儲けをしている」「ノーベル賞とは無縁の国」と欧州から非難されていたという。筆者にとって、アメリカはトランジスタや集積回路を発明した独創的な国であって、このような時期があったとは知らなかった。つまり、アメリカも同じパターンに当てはまるのだ。

日本はいつまでノーベル賞受賞者を輩出できるか

 我が日本はどうか。筆者が高校生から大学生だったころ、つまり日本が経済大国となった1980年初旬に、「日本人は独創的でない」「アメリカで生まれた発明にタダ乗りして金儲けばかりしている」という非難を散々聞かされていたような記憶がある。

 問題は、経済大国となった後に、日本の知的生産力が向上しているのかどうかということだ。そこで、1人当たり名目GDP(国内総生産)を経済力の指標とし、その推移と日本のノーベル賞受賞者の関係をグラフにしてみた(図3)。

図3 1人あたりの名目GDPの推移と日本人ノーベル賞受賞者
拡大画像表示

 まず、右肩上がりに増大してきた1人当たり名目GDPは、1991年のバブル崩壊後、明らかにその傾きが鈍っている。2010年以降、再び増加に転じているようにも見えるが、戦後の高度経済成長時代とは比べものにならないだろう。つまり、バブル崩壊近辺が、日本の物的生産力のピークだったと言えるのではないか。

 次に、日本人のノーベル賞受賞者は、21世紀に入った頃から明らかに急増している。やはり、日本も、かつてのイギリスやアメリカと同じパターンに当てはまると言える。したがって、「日本人は独創的でない」などということは無い(たぶん)。

 しかし、後藤氏が指摘した通り、日本に経済的余裕のある期間は、イギリスやアメリカよりも短い可能性が高い。国の借金は1000兆円を超え、世界GDP第2位の座は中国に奪われた。

 例のパターンに日本も当てはまっているとはいえ、独創性を発揮できる期間は短いかもしれない。もしかしたら、今が日本の知的生産力のピークかもしれないのだ。とすれば、手を拱(こまぬ)いていると、「ほぼ毎年1人のペース」でノーベル賞受賞者を輩出できなくなる時期が、早晩やってくることになる。

 本庶教授はNHKニュースのインタビューで、「基礎研究は地味だ」と言っていた。しかし、今こそ日本は、地味な基礎研究にリソースを投入する必要があるのではないか。それが、先進国としての日本の使命であると思うからだ。その結果として、「ほぼ毎年1人のペース」でノーベル賞受賞者が今後も出現すればいいと思う。