※JBpressが2012年に行ったマハティール首相への単独インタビュー記事を特別公開いたします。
※敬称は掲載当時(2012年)のものです。

 

 ほぼ20年ぶりに訪れたマレーシアは見事に一変していた。1993年、三菱自動車が支援していたマレーシア国産自動車メーカー、プロトンに次ぐ第2の国産メーカーとしてダイハツ工業が支援してプロドゥアが誕生、その取材に行ったのが最後だった。

活力あふれるアジアと沈む日本の格差

 当時、首都クアラルンプールからダイハツの手配してくれた車に乗って工場に向かったのだが、行けども行けどもパーム畑と熱帯雨林が続き、こんなところに自動車工場が必要なのだろうかと思ったものだ。

 クアラルンプールもシャングリラホテルの裏ですら、まだ古いアジアが広がっていた。

 それがいまや近代的なビルが立ち並び、なかでも最上階にマハティール元首相のオフィスがあるペトロナス・ツインタワーがマレーシアの成長を誇るかのようにそびえ立っている。

 夜、美しくライトアップされたこのビルを、ホテルの室内プールサイドにあるバーから眺めながらカクテルを飲むのが欧米人は大好きなようだ。夜10時過ぎに行っても空いている席は見当たらない。

 日本で言えば銀座に当たるクアラルンプール最大のショッピング街、ブキ・ビンタンは平日の昼間でも多くの人でにぎわっている。

 そこにある最大の商業施設パビリオンには高級ブランドが軒を連ね、マレーシアの若者の情報発信基地となっている。

 パビリオンの商業施設の上は高級住宅になっている。せっかくなのでショールームを見学させてもらった。100平方メートルを超える物件は日本円で1億円以上。

 それでも立地と設備などを考えると安いのだろう。中国系のファミリーと思しき顧客が次々と接客係に案内されて見学に来る。

 マレーシアには昨年2500万人もの観光客が訪れたそうだ。1997年には700万人足らずと現在の日本とあまり変わらない規模だったというから、明らかに観光政策でも成功している。

 日本の成功に学べと2003年まで22年間マレーシアの首相を務めたマハティールさんが続けてきたルックイースト(東方政策)から30年、日本に学んだマレーシアは大発展を遂げていた。

 では、先生であったはずの日本は何が悪くなってしまったのか。そのことをマハティール・ビン・モハマド元首相に聞きたくて今回は久しぶりにマレーシアにやって来た。次ページからはマハティール元首相のインタビューをお届けする。

川嶋 アジアは元気ですね。それに引き換え日本は東日本大震災と原子力発電所の事故があったとはいえ、非常に暗い。しかし、日本が力を失ったとは思えないのです。いまでも力は持っていると思います。では何がいけないのか。

 いまから30年前にルックイースト政策を取られ、ずっと日本を見られてきたマハティールさんにぜひお会いして、日本についてお聞きしてみたかったのです。

 例えば、もしマハティールさんが日本の首相だったらどんな政策を取られるかとか(笑)。

第2次世界大戦後の自分たちを思い返せ!

ペトロナス・ツインタワーの最上階の執務室でインタビューに答えるマハティール元首相。1925年7月10日生まれで、今年87歳になる。

マハティール 少し時計の針を後ろに戻してみてください。第2次世界大戦後、焼け野原となった日本は、非常に強い意志を持って日本を一から作り変えました。これは外から見ていると奇跡的なことでした。ものすごいパワーを感じました。

 今の日本に足りないのは恐らく、あの時のような強い意志だと思います。

 リーダーにだけ足りないのではありません。日本国民一人ひとりに、日本を良くしたい、経済をさらに発展させて豊かになりたい、日本をもっと強い国にしたいという意志が薄れてきているのではないでしょうか。

 経済で言えば、日本はもっと国内消費を増やすことができるはずです。そうすれば景気が良くなりもっと高い成長が期待できる。そうなれば国民はもっと豊かな生活を求めて前向きに投資や消費をするようになる。

 日本のリーダーはそこを刺激してやるべきです。私だったらそうします。

 ただ最近の日本を見ていて残念なのは首相が2年以内に交代してしまうことです。1つの施策をしっかり根づかせるにはそれなりの時間がかかります。1年や2年で交代して、また別の方針を打ち出していたら、何もできません。時間が足りなすぎます。

 私は22年間も首相の座にいましたから、マレーシアのことをじっくり考える時間があった。1つのことをやり切ろうと思ったら最低でも3~4年はかかります。それだけの時間を国民は首相に与えてあげるべきでしょう。

 そのうえで歴史に何も残せないような施策しかできないなら、辞めさせればいい。しかし、日本のメディアときたら、次の首相候補が決まって、正式に首相に就任する前に、もう激しい非難を始めている。

川嶋 枝葉末節な批判を繰り返すメディアの責任は確かにあると思います。しかし、選ばれたとたんに、約束と違うことを始めてしまう首相にも問題があります。

世界中に完璧なリーダーなど存在しない

マハティール元首相の執務室がある最上階のすぐ下の階から見下ろすクアラルンプール

マハティール 完璧なリーダーなど世界中のどこを探してもいません。あらゆるリーダーは良い点も持っているし悪い点もある。大切なのはそのリーダーがどのようなプログラムを考えているかです。

 そのプログラムが、日本経済を再生して発展させようというのであるならば、首相に対して、どのようにすれば日本経済が良くなるか具体的な政策を立てて実行する時間的な余裕を持たせてあげるべきです。

 もし、首相が日本経済を弱めるような政策しか持っていないならば、それは話になりませんが、仮にも首相になろうとする人なら、そんなことはないはずです。

 繰り返しますが、世界中に完璧なリーダーなどいないのです。日本の国民は自分たちが選んだリーダーの悪い点をあげつらうのではなくて、良い点を実行できるだけの時間をぜひ持たせてあげるべきです。

川嶋 日本はいまから約3年前にそれまでの長かった自民党政権に取って代わって民主党政権が誕生しました。国民は彼らが公約に掲げた行政改革を進め、膠で何重にも固めたように強固になった官僚主義を打破してくれることを期待しました。

 ところが、いまの政権は公約(マニフェスト)は完全に忘れてしまって、官僚を守るための政治になってしまっています。

 鳩山由紀夫元首相と菅直人前首相が、官僚と対立して官僚が全く言うことを聞いてくれなくなったという反動があるのかもしれませんが、約束が全く違う、正反対だというのが大多数の国民の思いです。

マハティール う~む。そういう首相だとしたら、その人を選んだのが間違いです。当然、政治家の中から本当に日本を良くしようというリーダーを探してその人を選ぶことが第一条件です。そのうえで、その人に多少の問題はあっても任せる。

 日本の政治を見ていて思うのは、派閥による政治が昔も今も続いているということです。そこはほとんど変わっていない。

マハティール 派閥の中から国のリーダーを選ぶような仕組みだと、派閥の利益を最優先し、ほかの派閥より強い力を持った人がリーダーに選ばれます。このリーダーは、何はともあれ派閥の利益を最優先します。それが国の利益と一致していればいいのですが、必ずしもそうではない。

 いまの日本を見ていると完全にこの派閥政治の罠にはまってしまっています。日本はそろそろこの仕組みと決別する時期に来ているのではありませんか。

 そのためには、国民の声が直接リーダーに届く制度に変えることを検討してもいいのではないですか。国民が日本をどうしたいのかをはっきりと示し、そのうえで政治家の意見を聞いて、この人はと思う人に首相になってもらう。

政治家が短期間で代われば官僚の思う壺

執務室へ行く途中に飾られていた兜

川嶋 大阪の橋下徹市長は、制度そのものに問題があると指摘しています。私もその意見に賛成です。日本の国民は行政改革をすると約束した民主党を選びました。

 ところがいつの間にか官僚の言いなりになって消費税増税に政治生命を懸けると言い出す。

マハティール 官僚というのは極めて影響力が大きくてある意味とても厄介な存在です。それに比べて政治家の力は弱い。この点ははっきりと認識しておかなければなりません。

 官僚は政治家がそのポジションに長くとどまらないことをよく知っています。せいぜい3年だと。これに対して官僚はいつまでもそこにいます。半永久的に。

 ですから、官僚はよく分かっているんですね。政治家の意見は重要でなくなってくる一方で、自分たちの発言力や影響力が増していくことが。そして次第に政治家の言うことを聞かなくなる。

 しかし、同じ首相が5年以上続くようになると話は全く違ってきます。政治家の政策が尊重されて実行されるようになる。小泉純一郎元首相がよい例でしょう。

 彼のやろうとしたことは明確だったし、国民も小泉さんの日本をどう変えようかという方針や政策をしっかり理解することができた。万が一悪い点があったとしても、大きな方針の中でそれらは修正されて実行されてきました。

 国民のサポートがあったから小泉さんは政策をやり遂げることができたのです。世の中に最高の政策がもしあったとしても、国民がサポートしなければ間違いなく失敗します。

川嶋 日本ではいま消費税増税が最大の政策になっています。小泉政権を支えた竹中平蔵・慶応義塾大学教授は「改革を棚上げして増税に走るのは砂場に水をまくようなものだ」と批判していますが、マハティールさんは日本の消費税問題をどのように見ていますか。

いまの日本に消費増税は逆効果

マハティール 税金の問題については、とても慎重に検討する必要があります。一面だけ見て判断してはいけません。経済のあらゆるセクターに対してどのような影響を与えるのかを見極めなければなりません。

 消費税を上げれば安定した税収が得られる半面、国民の消費は確実に落ちてしまいます。消費増税は国内総生産(GDP)にとって間違いなく悪影響を及ぼします。一時は確実に税金を集められても、経済を冷やしてしまっては国家の将来にとっては有益とは言えません。

 別の道は、消費税を下げるか、あるいは増税はしないという考え方です。消費税という名目で集められる税収は小さいかもしれません。しかし、国民が消費を増やすことで国家にとっては増税よりも税収を上げられるのです。

 マレーシアの場合には、隣にシンガポールという国があって、国民の多くが税金の安いシンガポールに買い物に出かけていました。その結果、マレーシアは本来得られるべき税収を失っていました。

 そこで私たちは、電気製品や時計、万年筆や宝石などについての消費税を廃止しました。完全になくしてしまったのです。そうしたら、マレーシア人がシンガポールに買いに行くどころか外国人がマレーシアに買いに来るようになりました。

 そして、国内で消費が活発になることで企業が潤い、法人税という形でマレーシアの税収増に貢献したのです。マレーシア人がシンガポールに行って買い物をし、マレーシア国内に持ち込む際に払う関税よりもずっと大きな税収を手にすることができました。

 もしマレーシアにシンガポールというライバルがいなかったとしても減税は必要でした。減税は企業活動のスピードアップを促し、企業活動を拡大させたからです。そして国を富まし、国に活力をもたらしました。

川嶋 国を豊かにするビジョンが大切ということですね。いまの日本に欠けているのはまさにその点だと思っています。

マハティール 釈迦に説法かもしれませんが、GDPは大きく4つの要素から成り立っています。国内消費、政府支出、投資、そして貿易です。それぞれの国家が目指したい方向性に合わせて、これらの要素を一つひとつ丹念に研究する必要があります。

 例えば、消費を拡大させなければならないのであれば、消費税などの税金を上げるべきではありません。マレーシアや米国はこの方針で国家が運営されています。

日本には消費を拡大できる余地がまだいっぱいある

クアラルンプール最大のショッピング街パビリオンにある日本の店舗を集めた「トーキョーストリート」

 マレーシアのGDPのうち国内消費の割合は38%しかありません。これはもっと高めなければなりません。国民の消費意欲を高めてお金を使ってもらう必要があります。

 逆にGDPに占める割合が十分に高ければ、例えばGDP比で70%以上あるようなら、税金を課せばいい。でも日本はそこまでは高くないでしょう。

 私の見る限り、日本にはまだ消費できる余地がたくさんある。それなのに、GDPの大切な要素であるこの部分の税金を上げれば、間違いなく消費は落ち込み、日本のGDPは減少してしまうでしょう。

 日本の場合は、消費を刺激しながらムダな政府支出を抑える仕組みを考える必要があると思います。ただし、一方で、日本の将来のために政府支出も増やす必要もあります。政府支出はGDPの大切な要素の1つですから。

 政府支出の中でインフラの整備はとりわけ重要です。これは新しい産業を育て、ヒト、モノ、カネの流れを加速させます。政府支出の効果だけでなく、そうした副次的な効果によってGDPの増加に大きく貢献するのです。

川嶋 確かに、日本はバブル崩壊以後、インフラ整備に使う支出を大きく減らしてきました。元気のなくなった日本経済はそこにも大きな原因があると思います。

 日本の公共投資で言えば、ほとんど車の走らない農道などはムダとしても、慢性的に大渋滞の起きている道路などへの投資も必要でしょうし、住宅事情など改良すべき点はたくさんあります。

 私の友人が唱えている「高速道路の無料化」なども効果が大きいと思っています。しかし、日本の政府は大胆な景気刺激には消極的です。その理由は、膨れ上がって手に負えなくなった国の借金にあります。

マハティール もちろん国債の問題には真剣に取り組まなければなりません。国民や外国からお金を借りているのですから必ず返す必要がある。しかし、必ずしも増税が唯一の手段のように言うのは間違いです。ほかの方法がいくらでもあるでしょう。

 例えば、日本はマレーシアのように隣に貿易立国のシンガポールはないかもしれない。しかし、輸出大国の韓国がありますよね。韓国との競争を考えてみるべきではありませんか。

日本に必要なのは研究開発投資

ペトロナス・ツインタワーの夜景

 韓国を代表する企業にサムスン電子があります。サムスンと日本のソニーを比べてみたら、誰の目にも優劣ははっきりしています。サムスンは大変な利益を上げているのにソニーは大きな損失を計上している。

 なぜサムスンと同じようにできないのでしょうか。この問題を真剣に検討すべきではありませんか。

 日本はかつて非常に独創的な製品を生み出していました。「ウォークマン」しかりカラオケしかりです。しかし、いまの日本には独創的な製品を生み出す能力が劣ってしまったようにしか見えない。

 日本は力のある国です。もっとイノベーションができるはずです。イノベーションのためにもっとお金を使うべきです。研究開発投資はいまの日本に欠かせないと思います。

 こう言うと、十分にお金を使っていると反論されるかもしれません。しかし、いま日本は韓国と競争しなければならないのでしょう。その韓国は日本よりずっと研究開発に投資しているんですよ。

川嶋 日本は国も企業ももっとお金を使わなければダメだということですね。投資をしろと。

マハティール その通りです。以前、日本は「日本株式会社」と呼ばれていたでしょう。国と企業が密接に連携して産業を育てていった。日本はいつからそうした連携ができなくなってしまったのですか。

 もっと協力して新しいイノベーションを起こすべきです。

 民間企業は国家の一翼を担う重要な存在です。そうである以上、国が企業をバックアップすることは決して悪いことではない。

マハティール マレーシアには「マレーシア株式会社」というものがあって、かつての日本のように国と民間企業が一緒に発展できるように協力し合っている。何か悪いことがありますか。

 韓国だってやっているでしょう。なぜ日本ができないのでしょうか。米国の圧力と言われるかもしれない。しかし、その米国だって民間企業を山のように支援している。

 米国の金融機関がつぶれました。そのとき米国の政府は大変な額の援助をしていますよね。産業を育成するために国が民間企業を支援するより、こっちの方がずっと悪いでしょう。

日本はいつまで米国の価値観を一方的に受け入れるのか

川嶋 確かに日本には日米貿易摩擦のトラウマがあると思います。国が民間企業を支援すると米国からすぐに叩かれるのではないかと。

マハティール 日本はいつまで米国の価値観を受け入れるつもりなのですか。そろそろ目を覚ますべきではないでしょうか。

 プラザ合意で円は大幅に切り上げられました。その結果、順調な成長を続けていた日本経済は一気に不況になってしまったのはご承知の通りです。

 当事、問題は米国にあったはずです。なのに日本は円を切り上げて米国を助けることに同意しました。あのとき米国に自分の通貨を切り下げさせるべきだったのです。日本が通貨を切り上げる必要はなかった。

 日本は米国とばかり貿易をしているのではありません。世界中の国々と貿易をしている。円を大幅に切り上げたことで、米国以外の国でも日本製品は売れなくなってしまいました。

 私からすると、日本は米国を富ますことに熱心に見えます。そろそろそんな考えは捨てて、日本自身を富ますことを考えるべきではないでしょうか。

 そして優れた日本製品が買いたくても買えなくなった国もあるということを日本は知るべきです。円を切り上げたことでそうした国の豊かささえ犠牲にしたことになるんです。

川嶋 プラザ合意のことは日本以上に中国や韓国が研究しています。中国は米国の強い圧力にも決して屈しない。それに比べて日本が甘いのは事実です。現在の円高だって、これ以上日本の企業を痛めつけてどうするんだ、と言いたい。

円高は日本だけでなく発展途上国にも悪い影響を及ぼす

自著『A DOCTOR IN THE HOUSE』にサインするマハティール元首相

マハティール 円高は明らかに悪です。品質の高い日本製品を安く供給してくれれば、貧乏な国の国民でも買うことができる。しかし、円が高くなれば価格も高くなって買うことができなくなります。

 円高は日本にとっても良くないが、日本製品を買いたい発展途上国にとっても悪いことなのです。

 さらにもう1つ。現在、日本は中国とも競争をしなければならなくなっています。その中国は元を安く抑えている。問題は対米国だけではなくなっているのです。

 中国と競争するということはつまり、中国の低コストと戦うということです。日本企業はコストを下げる努力を惜しみませんが、通貨が必要以上に高いとコスト削減は極めて難しくなります。

 いまの日本は真剣に円高是正を考えるべきでしょう。そのうえで、国も企業も生産性の向上に取り組む。そうすれば、日本の競争力は上がって国が豊かになるはずです。

川嶋 マハティールさんからご覧になって、日本の円は現在、ドルに対していくらぐらいが適当でしょうか。

マハティール それは難しい(笑)。ともかく、円をゆっくりと下げていくような方針、政策が必要でしょうね。

 私が1961年に日本を訪問したとき、日本の円はマレーシアの通貨リンギット(マレーシアドル)に対し、1円が1セントでした。それがいまや1円が4セントです。実に4倍になっているのです。これでは、マレーシア国民は日本製品は買えません。みな中国製品を買いますよ。

 でも、マレーシアのリンギットが下がったのではありませんよ。日本の円が一方的に上がったのです。リンギットに関しては、かつてより高くなっているのですから。

マハティール 例えば、以前、1ドルは3.8リンギットでしたが、いまは3リンギットです。80セントほど上がっています。マレーシアにとってこれは大きなインパクトがあります。しかし、日本の上昇率とは比べものになりませんね。

 とにかく、日本は米国の顔色ばかりうかがっていては豊かになれません。もっと日本自身のことを考えないと。

 米国は輸出競争力をつけたいので、日本に圧力をかけるでしょう。それに応えてばかりいたら円はますます上がり、日本製品の国際競争力はどんどん失われていきます。

欧米諸国は自分たちが貧乏になったことを理解していない

川嶋 2008年のリーマン・ショック以降の円高に関しては、通貨供給量の差が大きな原因だと言えます。米国や英国などがこぞって思い切った金融緩和に踏み切ったのに対して、日本は小幅にとどまりました。

 プラザ合意のときと今回は円高の意味合いが少し違うと思います。それにしても日本は自分たちの競争力を上げるという意志に欠けているのはおっしゃる通りだと思います。

 ところで、リーマン・ショックは世界に大きなインパクトを与えましたが、マレーシアやその他のアジアの国々にはどのような影響があったのでしょうか。

マハティール それは大きな影響があったと思っています。世界経済の変節点だったと言っていいかもしれません。

 欧州と米国はいまでも金持ちの国と考えているようですが、実際には彼らは貧乏な国になってしまっている。それが分かっていないから、自分たちに降りかかっている問題を解決できなくなっているのです。

 欧州の多くの国も米国も、もはやビジネスと呼べるものがほとんど失われてしまっています。残っているのは金融だけでしょう。

 金融機関は確かに一度に大きなお金を稼ぐことができるかもしれない。しかし、それは賭博のようなもので、新たな雇用も新ビジネスやサービスも生み出しません。人材もそれほど必要としないので、国として失業率は当然高止まりする。

マハティール 国にとって活力の基とも言える中小企業も育たない。それが欧米諸国の問題なのです。リーマン・ショックでそれがはっきり目に見えているにもかかわらず、分かっていないのです。

 最近、英国で暴動があったでしょう。起きるべくして起きたと思いますよ。もはや彼らは貧乏なのです。お金を稼げないのだから貧乏な国民として行動しなければならない。

 翻って我々です。私たちも欧米との付き合い方を変えなければなりません。欧米の国々は貧乏であるという前提でビジネスをしなければなりません。

 彼らはすでに貧しいのだから、もしあなたたち(日本)の製品が高ければ売れませんよ。

高賃金に慣れ切ってしまった日本

川嶋 日本は中国とも競争をしなければならないとのご指摘がありました。中国の通貨、元は操作されて安いままです。この影響は日本を含めたアジア、そして世界経済にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

マハティール 中国の元は確かに安すぎると思います。しかしそのこと以上に重要なことは労働力が極めて安いという実態です。しかも人口は13億4000万人もいる。

 中国は雇用を生み出すことを最優先しているので、中国の人たちは低賃金でも我慢して働こうとします。しかもよく働く。これに対して日本は高賃金に慣れ切ってしまっています。

 確かに元が安いのは事実ですが、中国の人口パワーと低賃金を武器とした生産性の高さと世界は競争しなければならないということです。

 いまの中国の状態は、日本の第2次世界大戦後から復興に向かった時期と非常に似ているのではありませんか。日本も低い賃金で極めてよく働きました。だから世界で最高の競争力を手にすることができた。中国はかつての日本の位置にいるということです。

川嶋 その通りだと思います。しかし、「中国は世界の工場」と言われていたときに、発展する沿岸地域に内陸部からコストの安い労働力がほぼ無尽蔵に供給されていた時代はすでに過去のものになろうとしています。賃金が急速に上がり始めています。

日本の投資はアジアに向かい、中国は内陸に向かう

マハティール元首相

マハティール 賃金が高騰し始めたのは専門職、エンジニアなどに限られていると思います。中国では十分なエンジニアが育っていませんから。もちろん、一生懸命に育成していますが、足りていない。

 一般的な工場の労働者の賃金はまだ非常に安い状態にあると思います。沿岸地域のコストは上昇しているものの、工場が内陸部へと移って低労働コストを甘受している。

 日本では、円高によって国内生産の競争力が失われたときに、ここマレーシアなど東南アジアに生産を移しました。

 しかし、中国は外国へ出ることはせずに内陸へ内陸へと向かっている。中国の西部はまだまだ労働コストが安いからです。

川嶋 日本企業も中国の沿岸部から内陸部へと工場を移転させているところもあります。一方で、中国をあきらめて東南アジアに移転させている企業も増えているようです。

マハティール 東南アジアへの投資はそれはもうウエルカムです。東南アジアはまだまだ外国からの直接投資を必要としていますから。

 しかし、日本にとっては日本からお金が逃げ出しているという認識は必要ですよ。中国が嫌だから東南アジアに移るのはいい。でも日本の労働者にとっては良くないのは同じことです。

 日本の立場に立って考えるとき、日本はドイツをもっとモデルにすべきだと思います。ドイツはご存じの通り、誰にでも作れるようなローエンドの製品で競争しようとはしません。

 例えば自動車でも、ハイエンドの製品に特化している。しかし、日本は相変わらずマスマーケットを追い続けています。日本にはせっかく高い技術がありながら、高い利益をもたらしてくれる市場ではないところで勝負し続けている。

マハティール 日本はもっと研究開発投資に積極的になるべきです。自動車だけの分野ではありません。機械、自動車、エレクトロニクス、日本がさらに強くなれる分野はいくらでもあり、その可能性は極めて大きい。

 中国との競争という意味でも、真正面から中国のコストに挑戦しても全く意味がありません。ドイツのように中国の作れない製品に特化していくことだと思います。

 ドイツは危機的な経済環境にある欧州にあって、ほぼ唯一、成長し豊かさを謳歌している。それは、高性能・高品質で高い利益率の製品に特化しているからです。

 日本にも非常に高い技術力があります。しかし、それらをもっと高める努力が足りないと思います。

日本に原発はいらない

川嶋 このところアジアに来ることが多いのですが、アジアには活力が満ちている。人々の目が輝いています。日本に戻ると、この国は元気がなくなったなぁと痛感させられます。何だかあきらめに近い雰囲気が漂っている気がしてなりません。

 気持ちの入れ替えが必要だと思います。

マハティール その通りだと思います。マインドセットを切り替えること。それがいまの日本に必要ではないでしょうか。

川嶋 さて、日本ではご承知のように東日本大震災が発生し、同時に世界最悪の原子力発電所の事故を引き起こしてしまいました。

 それにもかかわらず、日本の政府や電力会社は原発の早期再稼働を願ってやみません。国民に「停電になるぞ」という脅しまで使って、再稼働を認めさせようとしている。民主党はいまでも原発輸出に積極的です。

 マレーシアには豊かな地下資源があるためもあって原発がありませんが、マハティールさんは原発をどう見ていますか。

マハティール 私が首相であった時代には、原発の導入は全く考えませんでした。それは、原子力に対する知識が未熟だからです。マレーシアが未熟というのではなく、人類という意味でです。

 原子力エネルギーを取り出す技術は確かにかなり確立されました。しかし、一度放射能を出し始めた物質から放射能を取り除く技術は全くできていない。

核のゴミ問題を解決できた国は1つもない

福島第1原発敷地内を報道陣に公開

福島第一原子力発電所の爆発した4号機燃料プール付近で作業に当たる作業員〔AFPBB News

 つまり、原発から必ず出る核のゴミをどう処理していいのか分かっていない。埋めることさえできない。技術がまだ未熟なんです。世界中で核のゴミの問題を解決できた国は1つもありません。

 確かに、原子力発電はコストが安いのかもしれない。しかし、ゴミの問題が全く解決できていない段階で原発を導入するわけにはいきません。

 多少コストが高くてもほかのエネルギーを使うべきなのです。化石燃料に頼らない自然エネルギーの利用方法が世界中で開発されています。そちらに期待すべきだと思います。

 とりわけ日本には十分な水力がありますよね。冬の間に山に積もった雪が解けて川に流れ込み、一年中、豊かな水資源に恵まれている。しかし、日本はこの水資源を十分に活用しているとはどうも思えない。

 水力発電はイニシャルコストは高いかもしれないが、発電コストという意味では非常に安いし、メインテナンスも楽です。原発の事故を起こしたいま、こうした自然エネルギーの利用を真剣に考えるべきではありませんか。

 もちろん、風力とか太陽光発電とかも日本の技術力をもってすれば能力を上げてコストを大幅に下げることも可能でしょう。

川嶋 確かにおっしゃる通りなんです。しかし、日本の政府や官僚は原発という既得権にどっぷり漬かってきたから、どうしても原発を再稼働したい。この1面だけでも日本の未来を全く考えていないと言わなければなりません。

 さて、原発は中国も熱心です。地震大国である日本とは違うとはいえ、日本の品質管理をしても福島第一原子力発電所だけでなく様々な事故を起こしてきた原発を中国が次々と建設しようとしているのは、ちょっと怖い気がします。

マハティール 先にも申し上げましたが、放射性物質は一度活性化させてエネルギーを取り出すと、長い年月にもわたって放射能を出し続けます。これを抑えることはできない。そうである以上、私は原子力エネルギーは利用すべきでないと考えます。

 中国の場合には、環境への配慮が二の次、三の次となっています。経済発展が最優先ですから、一度建設してしまえば安定的に大きな電力を得られる原発への魅力を断ち切れないのでしょう。

日本はなぜ豊かな水資源を有効活用しないのか

「氷の国・華川ヤマメ祭り」農村体験プログラムで感じる人情の温かさ

日本には豊かな水資源がある〔AFPBB News

 しかし、日本は違いますよね。豊かな自然環境が大切な売り物の国ではありませんか。そして日本は小さな島国です。国民が肩を寄せ合うように暮らしている。

 そうしたなかで、福島のような事故が再び起きたら放射性物質で完全に汚染されてしまい、日本国民はそのなかで暮らさなければならなくなります。放射能は10年、20年でなくなってくれるものではありません。

 日本は中国と違うんです。中国は少なくとも日本よりずっと広い。日本に原発は本当に必要なのでしょうか。

川嶋 最後に中国の軍事的脅威についてお聞きしたいと思います。日本でも尖閣諸島の領有権を主張して軍事的な圧力をかけ始めました。南沙諸島を巡っては、ベトナムやフィリピンなどと武力衝突にさえ発展しています。

 軍事費を2ケタで拡大させ続けている中国についてはどのようにご覧になっていますか。

マハティール どんな国でも豊かになれば軍事力を増強したがります。中国だって例外ではありません。いままで中国は貧しくて軍事力増強に回すお金が十分になかった。

 しかし経済発展で豊かになり、軍事力を増強し始めたのです。いまやGDPで世界第2位の国となり、GDPの1%以上を軍事費に使うことができるようになった。その動きは止められません。拡大の一途をたどると思います。

 問題は、そうした動きに対して、これを止めようとして日本が動くことです。日本が中国の軍事力は脅威だとして中国を敵のように扱えば、そのことを米国は望んでいるのですが、中国は逆に軍事力増強を急ぐでしょう。

 中国を脅威として扱えば扱うほど、中国は軍事力を増強する。こうした軍拡競争からは何の利益も生まれません。

川嶋 仮想敵国という言葉があります。仮想の敵を念頭においてその国の侵略に備えるために軍事力を強化するために古くから使われているようです。しかし、いくら仮想でも敵国を念頭に置くと、必ず軍事力を増強させる力学が働き、最後は戦争に至る。それが歴史の教えですね。

軍備を拡大しても何の解決にもならない

マハティール その通りです。脅威だとか敵国扱いをしないこと。これが大切です。そうすれば軍事費に回す国家予算を節約できるし、相手も脅威を感じなくなる。

 日本だって中国の脅威を感じなくなれば軍事力を増強しようとはしないでしょう。できればほかにお金を使いたいはずです。

 しかし、米国は考えが全く違います。中国の軍事力は脅威だと言い続け、日本に対してはそれに対応すべきだとけしかけている。そして自らは第7艦隊を中国のすぐそばに派遣してくる。

 そんなことをすれば中国が脅威を感じないはずがありません。そして軍事力増強をしなければならないと思う。

 マレーシアもかつて米国から軍事力増強の圧力を受けました。しかし、私は全くそうは思っていない。だから断った。

 今日、ある国が(第2次世界大戦のような)戦争を起こすことは不可能でしょう。戦争である国を征服することはできるかもしれないが、その国を支配し続けることはできないのです。それが歴史の教えです。

 イラクとアフガニスタンで起きたことを見れば明白ですよね。それらの国では多くの人たちが亡くなりました。結果的に米国は何もすることができずに撤退するしかなかった。戦争は解決策には全くならないのです。

 日本はもう戦争はしたくないのでしょう。でも米国は日本に対して、何とかして自衛のための軍事力を増強させようとしている。そして湾岸地域にも自衛隊を派遣せよと圧力をかけている。

 そういう米国の口車に乗れば乗るほど中国を刺激するのだということを日本はしっかりと認識すべきです。中国は軍事力をますます増強するでしょう。そしてそれだけのことができる経済力をいま中国は手にしている。

マハティール もちろん、中国は脅威を受けているから軍備を拡大させているとだけは言えません。先ほど申し上げたように経済的に豊かになれば強い軍隊を欲しくなるものですから。

 ただ、歴史的に言えるはっきりした事実があります。

 中国はチベットなど限られた例外を除いて、外国を侵略したことがないということです。しかし、米国や欧州各国は違います。

 欧州(ポルトガル)は1509年と1511年にマレーシアにやって来ました。そしてわずか2年後にマレーシアを征服した。しかし、中国は2000年も前からマレーシアにやって来ているのに、マレーシアを征服はしていなんですよ。

 急速に発展を遂げる中国は市場としての魅力がどんどん増しています。このことはマレーシアはもちろん、日本にとっても最も重要なことでしょう。軍事的脅威などと煽る者の言うことを聞かないことです。

川嶋 どうも有難うございました。中国は欧米諸国と違って滅多に他国を侵略しないという歴史を日本人はもっと勉強すべきなのかもしれません。

(マハティール元首相へのインタビューは、「日本が観光立国マレーシアから学ぶべきこと」を執筆したアクマル・アブ・ハッサン氏の協力で実現した)