ピンチをチャンスに ZTE問題を中国の半導体産業成長の突破口に

2018年4月、米国商務省は米企業に中国の通信機器大手、ZTEとの取引を禁じた。写真はZTEのスマートフォン(2017年10月18日撮影、資料写真)。(c)CNS/湯彦俊〔AFPBB News

 中国の裁判所である福州市中級人民法院が、米マイクロン・テクノロジーに対して、DRAMやNAND型フラッシュメモリ等の生産・販売差し止めを命じた(日経新聞、2018年7月5日)。

 台湾UMCは、2018年1月、マイクロンが中国で自社の特許を侵害したとして中国の裁判所に提訴していた。裁判所は、特許侵害の可能性を認め、訴訟が終了するまでマイクロンの半導体メモリの生産・販売の停止を命じた模様である。

 マイクロンの売上高に占める中国向け製品は51%にのぼるため、この命令はマイクロンにとっては致命的な痛手である。また、マイクロンは、「技術を盗んでいるのは中国だろう」と思っているはずで、この差し止めには到底納得できないだろう。

 本稿では、まず、マイクロンがこの命令に納得できない事情を説明する。その上で、この背景には、米中ハイテク貿易摩擦が関わっていることを明らかにする。米国は、中国に対して2発ビンタをお見舞いした。今回の中国当局によるマイクロンへの不合理な命令は、中国から米国への2発目のビンタであると思われる。

3社が“緩やかな談合”を行っているDRAM業界

 2016年以降、半導体メモリ市場が大爆発している(図1)。この原因は、2つある。

図1 半導体の種類別の月額売上高(~2018年3月)
出所:日経 xTECHのデータを基に筆者作成(ソースはWSTS)

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 1つは、人類が生み出すデータ量が指数関数的に増大し、そのビッグデータをストレージするために、データセンタに大量に使われるサーバー用の3次元NANDフラッシュメモリが、つくってもつくっても足りない状態にあることに原因がある。

 もう1つは、韓国のサムスン電子、SKハイニックス(SK Hynix)、マイクロンの3社に集約されたDRAMメーカーが“緩やかな談合”を行っており、「ちょっと足りない状態」をつくり出しているため、DRAM価格が高騰していることに原因がある。実際、DRAMの企業別売上高シェアを見てみると、直近では上記DRAM3社が95%を超えるシェアを独占している(図2)。

図2 企業別のDRAM売上高シェアの推移
出所:statistaのデータを基に筆者作成

 DRAMの需要は、3次元NANDほど巨大ではないため、どこかが抜け駆けして大投資すると、価格が暴落する。そこで、3社に集約されたDRAMメーカーは、他社の動向を見ながら、「ちょっと足りない状態」になるように、巧妙に生産調整をしていたと考えられる。

 その結果、2016年以降、DRAM生産量はほとんど増えていないのに、価格が1年半で3倍以上になり、上記3社の売上高も急拡大した(図3)。そして、2017年第3四半期に、各社のDRAM事業の営業利益率は、サムスン電子が62%、SKハイニックスが56%、マイクロンが50%と半導体企業では見たことがない利益率を記録した。上記3社は、“濡れ手に粟”であり、恐らく笑いが止まらない状態だっただろう。

図3 企業別DRAMの売上高の推移
出所:statistaのデータを基に筆者作成

 上記3社は、どこかで集まって密談しているわけではないので、筆者は、“緩やかな談合”をしていると思っていた。

DRAM価格高騰の直撃を受けているのは中国

 中国には、「世界の工場」と言われるようになった従業員数130万人を擁するホンハイ(鴻海)の巨大な組み立て工場がある。ホンハイは、世界の9割に及ぶPC、スマホ、各種デジタル家電、サーバーなどを組み立てているため、大量の半導体が必要である。

 現在、中国は“ホンハイ効果”により、世界の半導体の60%を消費している。といっても、中国国内で製造できる半導体は高々十数%に過ぎないため、80%以上を輸入に頼っている。その結果、中国では、原油を抜いて、半導体が貿易赤字の最大の元凶になってしまった。

 その元凶の一翼を担っているのが、DRAMである。何しろ中国は現在、DRAMを1個もつくることができない。それゆえ、輸入するしかない。だが、DRAM価格は1年半で3倍以上になり、価格高騰が止まらないのである。

 このような背景事情もあって、中国当局が、米韓DRAM企業3社に対して競争法(日本の独禁法)違反の調査を開始した。もし、違反が認定された場合、韓国企業には最大8兆ウオン(約8247憶円)もの課徴金が課せられるという(電子デバイス新聞2018年6月30日)。当然、マイクロンにもそれ相当の課徴金が課せられることになる。

 しかし、前節で述べたように、DRAM大手3社は密談により談合を行っていたわけではない。したがって、中国当局がいくら念入りに調査しても談合の証拠を見つけることはできないだろう。

 では、なぜ、中国当局は、シェア1位のサムスン電子や同2位のSKハイニックスではなく、マイクロンに生産・販売差し止めを命じたのだろうか?

中国が巨大メモリ工場を立ち上げ中

 中国では、習近平国家主席肝いりの産業政策「中国製造2025」を制定した。その1丁目1番地には、「中国半導体産業の強化」がある。2014年に立ち上げた中国IC基金は18兆円に増額され、この資金を投じて中国国内に半導体の巨大工場が立ち上がりつつある。

 紫光集団傘下の長江ストレージは、武漢に月産10万枚の3次元NAND用工場を2017年末に立ち上げ、既に装置の搬入が始まっている。長江ストレージは2020年に月産30万枚、2030年に月産100万枚に増産すると発表している。

 UMCと技術提携しているFujian Jin Hua Integrated Circuit(JHICC)は、2017年10月に月産10万枚のDRAM工場を立ち上げ、今年、装置搬入を開始した。2019年以降に現在最先端の1X nm DRAMを量産する計画である。

 元エルピーダの坂本幸雄社長がCEOを務めるサイノキングとの提携に失敗したHefeiは、RuiLiと社名を変更した。その上で、SMICの経営トップを務めたデビッド・ワン氏を招聘し、マイクロン傘下の台湾イノテラから大量に技術者を引き抜いて、1X nm DRAMを立ち上げつつある。2017年9月に月産12.5万枚の工場が完成し、2019年に大量生産を目指している。

 その他、長江ストレージのActing chairmanで、紫光集団のExecutive VPでもあるチャールズ・カウ氏は、300億ドルを投じて成都に最先端の1X nm DRAMを量産すると宣言した。

 要するに、現在、中国では、3次元NAND工場および3カ所で巨大DRAM工場を立ち上げ中、または計画中である。

 ところが、2カ所で立ち上げが進んでいるDRAMメーカーを相手に2017年、マイクロンが訴訟を起こしている。

大きな実力差があるマイクロンと中国DRAMメーカー

 まず、マイクロンは2017年、子会社の台湾イノテラの技術者が中国RuiLiへ転職することを阻止しようとしている。マイクロンは、台湾の検察当局に対し、技術流出に絡んだ特別調査に踏み切るよう要求した(MONEY VOICE、2017年4月17日)。台湾検察著局は、「詳しい事情の聴取」などを目的として、約百人を呼び出した模様である。さらに技術者の一部は、マイクロンに提訴された。

 次に、マイクロンは2017年、UMCとJHICCがDRAMに関する企業秘密を盗んだとして提訴している。マイクロンによれば、UMCがマイクロンの技術を盗むパイプ役を務め、中国による国内半導体産業育成の支援を図ったと批判していた(Bloomberg、2018年7月4日)。

 つまり、マイクロンは、中国のDRAMメーカーRuiLiおよびUMCとJHICCに対して、技術流出の容疑で訴訟を起こしていた。

 そのマイクロンが今年(2018年)7月、中国当局から生産・販売の差し止めを命じられたわけである。

 客観的に見て、DRAMの技術力では、マイクロンの方が、RuiLi、UMC、JHICCより数段上回っている。というのはかなり控えめな言い方で、RuiLiやJHICCには、DRAM技術などないに等しい。JHICCに協力しているUMCも、本業はロジックファンドリーであり、DRAMの先端技術があるはずがない。

 そのように、明確な実力差がある中国企業とそれに協力する台湾UMCが、マイクロンを特許侵害で訴えるというのは、明らかに異常であり、噴飯ものである。

 では、なぜ、中国DRAMメーカーとUMCは勝ち目のない訴訟を起こし、中国当局はそれを認めたのだろうか?

原因は米中ハイテク貿易摩擦

 現在、米中が泥沼のハイテク貿易摩擦を起こしている。筆者は、中国当局によるマイクロンへのメモリ生産・販売中止は、中国が米国にお見舞いした2発目のビンタであると思っている。中国は、米国から2発ビンタを張られていた。したがって、中国の沽券にかけて、2発目のビンタをお見舞いしなければならなかったのだ(図4)。

図4 米中ハイテク貿易摩擦の流れ

(1)米国がブロードコムによるクアルコム買収を禁止

 まず、2018年3月12日に米トランプ大統領が、「大統領令」を発令して、ブロードコムによる米クアルコムの買収を禁止した。

 現在のブロードコムは2016年に、シンガポールに本社があるアバゴ・テクノロジーが米ブロードコムを370億ドルで買収した会社である。買収したアバゴより、買収されたブロードコムの方が、会社名のブランド価値が高かったこともあり、ブロードコムと名乗ることになった。

 その新生ブロードコムが、1170億ドルでクアルコムに対して買収を提案した。しかし、クアルコムと中国最大のスマホメーカーのファーウエイが、次世代通信5Gを巡って規格争いをしていた。ここで、もし、クアルコムが新生ブロードコムに買収された場合、5Gの通信規格を中国側に握られる危険性があると、米国側が判断した。その結果、この買収を米国が「大統領令」により阻止した。

(2)米国がZTEに対して輸出規制

 次に、米商務省は4月16日、米企業に中国のスマホメーカーZTEへの製品販売を7年間禁止する決定を下した。その理由は、ZTEが2010年から2016年にかけて、米国の輸出規制に違反し、イランや北朝鮮にスマホ等の通信機器を輸出していたからである。米商務省の決定により、ZTEにインテルやクアルコムの半導体チップが供給されなくなった。

 このような輸出規制は、スマホの出荷台数で、アップルやサムスン電子に次いで、世界第3位に成長した中国最大のスマホメーカーのファーウエイにも適用される可能性もあった。

 その後、米国によるZTEへの制裁は、巨額の罰金と経営陣の入れ替えなどを条件に解除される見通しとなった(日経新聞、2018年6月9日)。ここに至るまでに、中国の習金平国家主席が、何度もトランプ大統領に電話をして、ZTEへの制裁を解除するよう申し入れたという。

(3)中国がクアルコムによるNXP買収に難色

 米国側から2回もビンタを食らった中国も黙っていない。クアルコムは、2016年10月に、オランダのNXPセミコンダクターを440億ドルで買収することで合意していた。後は、各国の独禁法の審査待ちとなり、残すは中国一国だけになっていた。

 クアルコムは通信半導体メーカーであり、NXPは車載半導体メーカーである。クアルコムは、自動運転車の分野への進出を目指して、NXP買収を提案した。同じ半導体と言っても、分野が異なる2社間の買収であり、独禁法に抵触する可能性はほとんど無い。

 ところが、中国商務省がこの買収に突然待ったをかけた。その結果、クアルコムは2018年4月19日、中国への独禁法の再申請をする羽目になった。これは明らかに、米国に対する中国の嫌がらせである。中国が米国へ1発ビンタを張りかえしたのだろう。

(4)米ベイン率いる日米韓連合による東芝メモリの買収に中国が難色

 上記のように、米国が2発パンチを繰り出し、中国が1発お返しした状況で、今年5月末に、東芝メモリの売却に関する中国での独禁法の期限を迎えようとしていた。ことと次第によっては、中国が2発目のパンチをお見舞いすることが想定された。

 もし、米ベイン率いる日米韓連合が東芝メモリを買収したら、中国が損害を被ることが明らかだったからである。というのは、東芝メモリのNANDの多くは、中国のスマホに搭載されている。ところが、日米韓連合に買収されると、その中の米アップルや米デルが東芝メモリのNANDを独占し、ファーウエイやZTEへのNANDの供給を制限する可能性があった。

 ということを考えると、中国が独禁法の審査で「NO」を突きつけるのではないかと思われた。しかし、現実には、中国が期限より10日以上早い5月17日に、独禁法の審査に許可を出した。これは、水面下で、「米国がZTEへの制裁を解除する代わりに、中国は米ベイン等による東芝メモリの買収を認めろ」というような米中の取引があったのではないかと考えている。つまり、東芝メモリの買収劇は、もしかしたら綱渡りだったのかもしれない。

(5)中国がマイクロンにメモリの生産・販売中止命令

 米国が中国に2発ビンタを張り、中国が1発張りかえした。中国は沽券にかけて、何としてももう1発張り返さなくては気が済まなかった。

 そこで、DRAM3社を独禁法の容疑で調査した。ところが、調べても調べても、談合の証拠は出てこなかった。DRAM3社は密談などしていなかったから、当然である。

 そこで、中国当局は、DRAM技術の流出を巡って、マイクロンと係争になっている訴訟を利用して、マイクロンにメモリの生産・販売の命令を下した。これは、中国による米国への明らかな嫌がらせであり、2発目の強烈なビンタである。

 この中国の2発目のビンタは、メモリ販売の51%を中国に依存しているマイクロンにとっては、致命傷になる可能性がある。

 これで、米国2発に対して中国が2発張りかえした。「やられたら、やり返す」。次は、どちらが、どんなビンタを張るのか。その前に、マイクロンは、この窮地を乗り越えられるのだろうか。米中のハイテク戦争から目が離せない。

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