米朝首脳会談、日本時間12日午前10時から 米政府発表

ドナルド・トランプ米大統領(左)と、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長。(c)AFP PHOTO/KCNA VIA KNS 〔AFPBB News

 古代ギリシアの時代、アテネとスパルタを戦争に立ち向かわせた「トゥキュディデスの罠」は今日の国際社会で再現されるのか──? ハーバード大学歴史学部のアンドルー・ゴードン教授は、かつてのアテネとスパルタの対立構図は「新興の中国と迎え撃つアメリカ」という今日の情勢に似通っているが、絶望する必要はないと指摘する。今日、全世界のGDPに占める国際貿易の比率は約6割に達する。また、核兵器も存在する。相互依存と互いを牽制する「恐怖心」が戦争の抑止力として機能しているのだ。さらに中国の軍事費は米国の3分の1ほどに過ぎない(2015年時点)。国際社会の差し迫った脅威は、むしろ核兵器が小規模な国家や組織によって保有されてしまうリスクだ。その点、金正恩とドナルド・トランプという、言動が予測しがたいリーダーに国際社会が翻弄されていることは懸念すべき事実だという。ゴードン教授の論考をお届けする。

導入(歴史と類推)

 今日の問題を語るにあたって、過去の歴史に似たような事例を求めることが一般的によく行われる。私自身もよくそうしているし、歴史の知識がある多くの人々がそうやっている。しかし私自身の見解では、繰り返される出来事を予見する際、そのような類推はあまり助けにならない。似通った状況における重要な違いを指摘し、現在や近い将来に何か結論を導き出そうとする際にもそれほど役立たない。この壁を突破しようとする時にひとつヒントを与えてくれる言葉が、マーク・トウェインのものとされる次の言葉だ。「歴史は繰り返すのではない。韻を踏んでいるのだ」

トゥキュディデスの罠

 中国の経済的・軍事的な勃興を考える際、ある古代ギリシアからの例示が最近大きな注目を集めている。偉大な歴史学者であるトゥキュディデスは、新興のアテネに対するスパルタ側からの脅威が両都市国家を戦争に導いたと記している。

 アテネは民主制を敷いていたが、覇権を脅かされた側のスパルタはそうでなかった。それゆえ、今日(の米中関係)への適用としては逆さまになるわけだが、新興の中国と迎え撃つアメリカの類似例と見ることができる。核心となる部分は一考に値するだろう。

 かつての状況は今日「トゥキュディデスの罠」と呼ばれている。この言葉は、国際政治におけるアメリカの役割を論じた、ハーバード大学の著名な学者、グレアム・アリソン教授によって考案された。彼の新たな著書『米中戦争前夜――新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』は大きな反響を呼んでいる。その中でアリソン教授は、過去500年間で16個の「新興勢力が既存の政治権力を脅かした事例」を取り上げている。うち12例では実際の戦争に発展した。アリソン教授は米中関係についても悲観的な見方を示している。これら12例の中で、20世紀最初の四半世紀における2つの例は強い類似性を持っている。新興のドイツがイギリスの覇権に挑んだ第1次世界大戦と、新興国・日本がアメリカの覇権に挑んだ太平洋戦争である。

 20世紀のこれら2つの例は考察に値するだろう。安倍首相でさえ2014年のダボス会議で、今日の日中の緊張関係は第1次世界大戦前夜の欧州情勢を思い起こさせると発言している。この発言で首相は強い批判にさらされた。外交的には決して賢明な発言だったとはいえない。しかし歴史家の立場から考えると、このような対比は的を射ているようにも思う。特に米中の関係を考える際には。

 しかし、今日と、かつて(1910年代や1930年代)との違いも大きい。このことは我々に楽観的な見方も提供してくれる。第1に、よく言われることだが、グローバル経済の結びつきがかつての1910年代や1930年代よりも極めて強くなったということだ。図1のデータ(全世界のGDPに占める貿易の比率の推移)はそのような見方を助けてくれる。

図1. 全世界のGDPに占める貿易の比率 1500年~2011年
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 今日、国際貿易が世界の経済取引に占める割合(輸出入が世界全体のGDPに占める割合)はかつてないほど高まっている。現在それは約60%であり、1914年の2倍、1930年代の3倍にのぼる。理性的な政治指導者であれば軍事的な力は行使しないはずである(さらには経済的な力の行使も)。そのような行動は、お互いが置かれる経済状況の破壊に直結するからだ。

 加えて、トゥキュディデスの罠の前提条件は、新興勢力が本当の意味で既存の勢力のライバルとなり、既存勢力を脅かすことだ。しかし今日、中国が本当の意味でアメリカの軍事的な対抗相手になったとはいえない。図2はそのような見方を裏付けている。

図2. 国別軍事予算 1914年~2008年
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 20世紀の「トゥキュディデスの罠」の状態と今日を比較した図2では、米国の2008年時点での年間軍事予算は他のあらゆる一国家単独の軍事予算の十数倍規模に達していたことを示している。中国との比較においても例外ではない。今日、中国の軍事予算は米国の5分の1を超えたかというような状況だ。

 より最近のデータ(2015年の図3)では、アメリカの軍事支出は依然として2位から8位までの軍事大国の軍事支出合計を上回っている(そして実に世界の軍事支出の40%以上がアメリカ一国に集中している)。これはドイツの軍事費がイギリスに迫っていた第1次世界大戦の直前とはまるで異なる状況だ。1930年代の状況とも異なる。

図3. 世界の軍事予算2015年

 当時、日本の軍事費は米国を上回っていた(図4)。このような状況下では、ある程度の理性を有した国家であれば、戦争に勝利できる(あるいは有利な交渉条件を勝ち取れる)と考えてもおかしくはない。

図4. 1920年~1949年日米軍事予算 各年の軍事費と累計支出額(投資額)
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 最後に、戦前の独英あるいは日米と現代の状況とを比較する際、決定的に異なる要素がある。当時は核兵器が存在しなかったのだ。核兵器が存在し、「相互確証破壊」(mutually assured destruction:通称MAD)が起きる潜在的可能性のある状況下では、国家間の全面戦争が起きるとは考えづらい(あくまで「理性的な」指導者を想定した場合だが)。

 アリソン教授の事例研究もこの結論を裏付けるものだ。ヒロシマ以後の世界において、教授は2つの「トゥキュディデスの罠」を取り上げている。1つは、ソビエト連邦がアメリカ合衆国に対して世界の覇権を巡り挑戦した時代。もう片方は、統一ドイツが欧州最大の勢力となった1990年代だ。これら双方とも戦争には発展しなかった。これらは(アリソン教授の合計16の事例のうち)戦争が回避された4つのうちの2つだ(その他の2つは、15世紀末にポルトガルを追い越したスペインの例と、19世紀の初めにイギリスを追い越したアメリカだ)。

結論:非対称性がより大きな難題を突きつける?

 このように、20世紀初頭から現代にかけては典型的な「トゥキュディデスの罠」との類似性よりも「違い」の方が際立っているといえよう。新興の中国と(相対的な)地位を落とすアメリカの対立が「hot war」に発展する可能性は低い。

 実際のところ、「トゥキュディデスの罠」との違いが決定的なものとなるためには、指導者が理性的な判断をするという前提を置かなければならない。その点、中国の指導者は極めて理性的な戦略の持ち主といえる。私はアメリカの指導者に対しては中国の指導者ほどの信頼は置いていないが、彼は生涯、大統領であり続けるわけではない(習近平とは違い)。長期的には、アメリカの戦略も理性的なものになっていくだろうと私は考えている。

 差し迫っている脅威は「トゥキュディデスの罠」によるものではない。核兵器が比較的小規模な国家、あるいは国家以外の組織によって保有されることによる危機だ。その非理性的な指導者たちは、自暴自棄や何らかの誤解で戦争への階段を上るかもしれないのである。核武装した北朝鮮の金正恩がまっさきに想起されるが、それが、同様に予想がつかないドナルド・トランプというリーダーと対峙しているのである。

 米朝両国が置かれている状況を考えれば、両者が満足できる妥協点を見出すことは容易ではないと、アナリストの多くは考えていた。だが、トランプ大統領は北朝鮮との会談を中止すると一度は表明したものの、交渉と非核化に向けた会談への準備が進んでいる。ただし、予想不可の流動的な状況の中、確かに言えることは、現実的な準備もなく、いたずらに期待を高め、直後に裏切るという結末ならば、一連の急速な和解が起きる以前よりも国際情勢の行く末がいっそう危ないということだ。