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テクノロジー
2018.05.21

顔認証システム「天網」にみる中国の深謀遠慮
IoT時代、<AI監視カメラの役割>が変わる

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「天網」の街頭監視カメラがついた信号機。(筆者撮影、以下同)

 顔認識システム(Face Recognition System)とは何か。

 それは、監視カメラのデジタル映像から個人を自動的に識別するためのソフトウエア技術であると同時に、IoTを支えるAI基幹技術のひとつでもある。

 撮影されたデジタル動画から人間の「顔」に相当する部分を切り出し、あらかじめ蓄積されている顔画像データベースと照合することで瞬時に個人を割り出す。

『IoT Today』の読者の方々ならご明察の通り、顔認識システムはセキュリティ強化や犯罪捜査には強力な武器となる。

 興味深い活用方法として、日本でも、人気ミュージシャンのコンサートチケットの高額転売を防止する目的で、NECの顔認証システム「NeoFace」を導入し、チケット購入者本人が本当に来場しているかどうかのチェックを行っている事例が知られている。

「顔」という重要な個人情報が、空港や街頭の監視カメラ、警察官のサングラス型のスマートグラスなどを通じ、多くの場合、個人の「許諾」を前提にしない形で、しかも「無作為」に収集されることには抵抗を感じる人も多いと思う。

 この点は、他の生体認証技術(指紋、虹彩、音声など)の取得の前提条件と大きく異なるところであり、それゆえ顔認識システムの功罪の「罪」の部分について議論が百出する背景にもなっている。

 しかし、だからと言ってこれをジョージ・オーウェルの小説『1984』に登場する「ビッグ・ブラザー」のように、人々を常に監視しプライバシーを侵害する「悪魔」のツールであると決めつけてしまうのは極めて早計だ。

 今回は中国本土で導入が急ピッチで進む、「天網」(てんもう:中国語の発音は、ティエンワン)に着目し、スマートシティを支える都市インフラとしての可能性にまで視野を広げて考えてみたい。

2020年には中国全土を100%カバーする「天網」

「天網」とは、顔認証システムを活用して、動くもの(例:人間やクルマ)を追跡・判別する監視カメラと、中国国民のデータベース(間違いなく海外からの入国者も含まれる)が連動したAIネットワークシステムである。

 前回の連載記事でもご紹介した通り、この「天網」の摩訶不思議な存在感と、Ofo(オッフォ)、MoBike(モバイク)に代表されるシェア自転車の洪水が現在の中国の大都市の二大風物詩になっていると言っても過言ではないだろう。

【参照記事】中国シェア自転車ビジネスが示す勝利の方程式
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52771

「天網」は2000年代から、まず地方都市で試験的に導入され始めた。

 2012年には首都・北京でも本格的な運用がスタートし、早くも2015年には農村部を除く中国全土の全都市が100%カバーされた、と中国政府から発表された。

 2017年時点で、中国には1億7000万台の監視カメラとネットワークが構築されているという。

 それが決して誇張された数字でないことは、実際に中国の都市を歩いてみると実感できる。

 写真は、上海を代表する目抜き通りのひとつ、淮海中路(ワイハイチュンルー)の街頭風景だが、まず信号機の数よりも街頭監視カメラの台数の方がはるかに多いことに驚かされる。

 それでは「天網」の実効性(パフォーマンス)はいかがなものだろうか。

 2017年、中国南部・貴州省の省都である貴陽市で、BBCの男性記者が当局の了解を得て取材目的で行った「天網」システムの実験がある。

 その記者はわずか7分で身分と居場所が特定され、公安当局に「疑似的に」拘束されている。

【参照動画】China: "the world's biggest camera surveillance network" - BBC News

 

 中国の公安部では「天網」の顔認識システムを使って、13億人の中国国民を数秒以内で特定することを目標に、顔以外も含めた生体認証のデータベース構築を進めているという。

 中国で生活している著者の複数の友人からも、「天網」の設置以後は窃盗やひったくりのような軽犯罪が明らかに減り、都市の治安はかなり良くなったという話をよく耳にする。

「天網」の顔認識システムにより、たとえ夜の暗がりであっても犯人が瞬時に判別されてしまう。

 その結果、公安の検挙率が飛躍的に向上し、つまらない軽犯罪で長期間刑務所に入るのは割りが合わない、という考え方が社会的に広く浸透した。

 中国の北魏の歴史書である『魏書』には「天網恢恢 疎にして漏らさず」(てんもうかいかい、そにしてもらさず:天罰を逃れることは決してできない、という意味)という一節がある。

 中国版顔認証システムをあえて「天網」と命名したことを考えても、このシステムの導入を進めた中国当局の当初の意図が透けて見える。

「天網」が押し上げる中国のAIネットワークの技術水準

 ところで、顔認識システムのアルゴリズムには、「画像の特徴を幾何学的に比較する方法」と、「画像を統計的に数値化して数値をテンプレートと比較する方法」などがあるとされる。

 いずれの方法にしても、金融機関やスマートフォンの個人認証のキーとして普及している指紋認証など他の生体認証に比べれば、顔認証は発展途上のテクノロジーであり、信頼性や効率の点で必ずしも優れているとは言えないかもしれない。

 しかし、それでも中国が「天網」の導入を推進する理由のひとつに、このシステムの大規模導入によって得られる副次的な効果としての、AIネットワークの技術水準の飛躍的向上があることは明らかだろう。

 中国は「天網」のシステムの開発と導入、監視カメラの製造と設置を、国策として全て自前のリソースで行っていることに注目だ。

 2020年までに4億台の「天網」設置を目指す国家レベルのダイナミックな動きが、世界のディープラーニングサーバーの4分の3を保有し、なおかつディープラーニングに関する学術論文で中国が米国を超えて世界一になっているという事実に直結している。

 また、監視カメラの業界でも、世界シェアNO.1はもはや日本や欧米のグローバル企業ではなく、中国政府の後押しを受けた中国国内の企業、ハイクビジョン(杭州海康威視数字技術)なのだ。

監視カメラは「自動運転」を支えるキーインフラになる

「天網」の次なる活用方法として、中国政府の眼差しの先にあるのは何か。

 最近の報道から推察されることは、「天網」の監視カメラを「自動運転」を支えるキーインフラとして「モビリティクラウド」のシステムに戦略的に組み込んでいく、という考え方である。

 周知のように、自動運転は「自律型」と「インフラ協調型」の2タイプに分別される。

 中国が目指すのはもちろん後者であり、その意味ではフォードのCEOジム・ハケット氏が今年1月のCES 2018で大掛かりなプレゼンテーションを行った「TMC(Transportation Mobility Cloud)」のコンセプトに極めて近い、とも言える。

 2015年11月、中国政府は上海市郊外の嘉定区安亭鎮を「スマート・コネクテッドカー・モデルエリア」に指定、インフラ協調型の自動運転の実証実験を行うことを発表した。

【参照記事】中国初の自動運転試験エリア、上海に設立
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2015-11/10/content_37027900.htm

 都市の道路を網羅する「天網」の監視カメラは、セキュリティや犯罪捜査の目的で運転者を顔認証する以外にも活用の用途は大いにあると考えられる。

 例えば、道路の渋滞状況のリアルタイムな把握や、死角から突然飛び出してくるクルマや歩行者に対する事前の警告にも寄与しうると言えないだろうか。

 つまり、自動運転を全体最適の視点で円滑にオペレーションするために、「天網」が、個々の自動運転車の「近未来の予測と改善提案」を瞬時に行う「賢く鋭い目」に成り代わるのである。

 さらに、「天網」を含む都市のモビリティクラウドが実用段階に達した時点のことを想像してみよう。

 中国版「モビリティクラウド」を中国全土に水平展開するだけではなく、技術水準は低いが自動運転のニーズがある中東や東南アジアの国へ、インフラごと輸出をしてしまうという壮大なビジネスプランすら視野に入れている可能性がある。

 破壊的なイノベーションを着実に導入していくためには、「リーンスタートアップ」という考え方が必要であることはこれまでの連載で再三述べてきた。

 中国における「天網」による顔認証システムから、自動運転のためのモビリティクラウド構築に至る過去・現在・未来の履歴を今一度、俯瞰的に見てみよう。

 読後感として残るのは、学習を繰り返しながらPDCAサイクルを回す、そのエネルギーの強さとスピードの速さに他ならないのではないか。

JBPRESS

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