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イノベーション
2017.10.12

アマゾンの「ゼロクリック」は壮大な社会実験だ
IoT時代、<ショッピング体験>が変わる

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2017年9月に発表された、第2世代のアマゾン・エコー。音声AIアシスタントの競争が過熱している。(写真:The New York Times/アフロ )
「クリックからゼロクリックへ」
(ニューヨーク大学スターンスクール<経営大学院>のスコット・ギャロウェイ教授)。

 人間とコンピュータの次世代インターフェースは「音声」になる可能性が高い。「ゼロクリック」とは、物理的なクリックを伴わない、音声だけでのショッピング体験のことだ。

 アマゾン・ドット・コム(以下アマゾン)が音声アシスタントAI「Alexa(アレクサ)」を搭載した対話型音声スピーカー「echo dot(エコー・ドット)」を発売したのは2014年。

 今や、その価格もアマゾンプライム会員なら49.99ドルからと極めてお手軽だ。米国内だけでエコー・シリーズ全体の普及台数はすでに1100万台を超えた、と推計されている。

(参考)Amazon echo & Alexa Devicesのページ(https://www.amazon.com/Amazon-Echo-And-Alexa-Devices/b?node=9818047011

 また、直近のホットニュースとして、アマゾンジャパンは10月2日、日本でも年内に日本語対応のエコーを発売すると発表した。

 音声アシスタントAIのアレクサは、お客さま(話し手)の音声を認識しテキストに変換する技術と、そのテキストの意味を読み取って端末を制御するアプリケーションに伝達する技術の集合体だ。

 アレクサを搭載したアプリはすでに2万以上と言われており、アマゾン・エコーのサービスの範囲は、好きな音楽をかける、ピザを注文する、自宅の鍵や家電をコントロールする、ウーバーを呼ぶ、自宅の近くのお店を探すなど、まさに人間の生活全般に及ぶ。

(参照)Amazon echo.dotのプロモーションビデオ(https://www.youtube.com/watch?v=hPXS7rC1PWo

 アマゾン・エコーが提供する数あるサービスの中でも、生活者の足元でのブレークスルーが最も顕著なのが、冒頭でも述べた「ゼロクリック」でのショッピング体験の領域だと言えよう。

 米国ではアマゾン・エコー所有者の半分以上が「ゼロクリック」ショッピングの経験があり、しかもその3割は週に1回以上のショッピングをするヘビーユーザである、との調査もある(日本経済新聞 2017年8月24日朝刊) 。

 アマゾン・エコーが提供する「ゼロクリック」でのショッピング体験は、デジタルギークやアーリーアダプターの知的好奇心を刺激するだけでなく、長い目で見て、本当に人間の生活を豊かにするのか。

 今回はIoTの視点から、アマゾン・エコーの「ゼロクリック」ショッピング体験に光を当てて、考察を進めていきたい。

アマゾンが仕掛けてきたショッピングの「破壊的イノベーション」

 これまでもアマゾンは、ショッピング体験の領域において、数々の「破壊的イノベーション」を仕掛け、新たな体験を生み出してきた。この点だけでも多分に「確信犯」である。

 そもそも、送り先の住所と支払い情報を事前登録しておけば、注文ボタン1回のクリックのみで買い物が可能になるという「ワンクリック」ショッピング自体が、1997年9月にアマゾンが米国で出願した特許である。

 つい最近、米国ではこの特許が期限切れで失効したが(日本では来年、期限切れを迎える予定)、アマゾンはそんなことは全く気にならないらしい。常に先手先手と、破壊的イノベーションを繰り出し、われわれが従来慣れ親しんだ体験を焼け野原に変えようとしている。

「ワンクリック」と「ゼロクリック」の中間、いわば「0.5クリック」というべきサービスが、日本でもプライム会員向けサービスとして導入されている「Amazon Dash Button(アマゾン・ダッシュ・ボタン)」だ。

(参考)Amazon Dash Buttonのプロモーションビデオ(https://www.youtube.com/watch?v=w1lrQgXa6pY

 また、リアルの<ショッピング体験>でも、アマゾンは破壊的イノベーションをリーン・スタートアップで狙っている。レジの前に並び、会計をする必要のない「Amazon Go(アマゾン・ゴー)」がそれだ。

(参考)Amazon Goのプロモーションビデオ(https://www.youtube.com/watch?v=NrmMk1Myrxc

 加えて、最近の大きな事件として、2017年8月、アマゾンは137億ドル(約1兆5000億円)もの巨費を投じて、米国内の高級スーパー「ホールフーズ」買収完了を発表した。

 ネット通販としてのアマゾンは、これまで生鮮食料品や加工食品の取り扱いに難点があるとみられてきた。しかし、オーガニックにこだわった食品の品質の高さとトレーサビリティ(生産・加工・流通などの過程を明確にすること)で定評のあるホールフーズを自らの傘下に収めることで、弱点を強みに転換した。

 今後、アマゾンは、ホールフーズの店頭にネット通販の商品を受け取ったり、返品できたりする専用のロッカーを設置するという。ホールフーズのようなリアルの店舗を生鮮食品の配送拠点として活用するだけではなく、宅配のサービス拠点として機能性を高めていくことも既定路線のように映る。

 米国では、アマゾン・エコーから音声対話の「ゼロクリック」で注文した生鮮食料品や加工食品が即日、宅配される日も遠くはないだろう。

独走する「アマゾン生態系」に対抗するグーグル、周回遅れの日本勢

「ゼロクリック」でのショッピング体験は、米国ではすでに大きな潮流になりつつある。

 マクロなトレンドを理解するために、「ゼロクリック」で先行するアマゾン以外のキープレーヤーの動向についても、少しウォッチしておこう。

 実は、2017年8月、アマゾンのホールフーズ「買収」とほぼ時を同じくして、グーグルも小売最大手のウォルマートとの「提携」を発表した。

 グーグルの手がけるネット通販宅配サービス「グーグル・エクスプレス」にウォルマートが数十万点とも言われる商品を提供、グーグルの対話型AIを搭載したスピーカー「グーグルホーム」(2016年発売)やアンドロイドのスマートフォンに話しかけるだけで商品を注文できるようになるのだという*1

*1:グーグルホームは日本でも2017年10月6日に発売が発表されたが「ゼロクリック」ショッピングには対応していない。

 お客さまが希望すれば、ウォルマートは自社の通販サイトに登録した情報や店舗での購買履歴もグーグルに提供すると言われている。

 AIがこのデータを学習することで、お客さまの嗜好や価値観についての理解を深め、お客さまのショッピングがよりスムーズになったり、AIから買うべき商品のリコメンドを受けたりということが今後可能になることが期待されるものの、アマゾンに比べると「出遅れ感」は否めない。

 グーグルとしては、アマゾンとの2年間のタイムラグを解消し、グーグルホームを中核とした生態系(エコシステム)を早急に構築する必要があるだろう。

 もうひとつのグローバル・キープレーヤーのアップルの動向はどうか。

 アップルは、音声AI・Siriを搭載したホームポッドを2017年12月に発売することを表明している。しかしながら記者発表の内容を見る限りでは、そのスペックは音楽に特化したスマートスピーカーであり、iTunesやiPodとの親和性に軸足を置いたもののようだ。アマゾンとは土俵を変え、ニッチで生き残りを賭ける戦術のようにも見える。

 また、日本のメーカーも2017年の秋から年末にかけて、対話型音声スピーカーを次々に投入してくる。AIの日本語化の障壁があり、その多くが欧米での先行発売だ。

 今年の9月初旬にドイツのベルリンで開かれた家電見本市「IFA 2017」に合わせて、ソニーとパナソニックは現地で新製品をお披露目している。ソニーもパナソニックも当面、搭載するAIはグーグル製だという。「スマホの二の舞」が我が身に降りかかるリスクを背負ってまで、1日も早い市場導入を目指していることが透けて見える。(ソニーのLF-S50Gは手のジェスチャーでも操作が可能、という付加価値で差別化を図って行く狙いのようだ)

 国産のその他メーカーでは、オンキョーと東芝がアマゾンのアレクサを搭載した製品を市場導入する(東芝は日本語版では独自開発のAIを搭載する意気込みのようだが・・・)ことが近日、発表された。ドコモ、シャープ、LINE*2も参入が噂されているが、これらは独自開発のAIが搭載されるだろうと言われている。

*2:LINEは2017年10月5日に正式版ウェーブの発売をリリースした。

 いずれにしろ、ここしばらくはアマゾン・エコーが音声AIによる「ゼロクリック」のマーケットを先導するだろう。そして、グーグルを含む2番手以下の企業が自らの生き残りをかけ、競争優位がキープできるポジショニングを模索しながら、差別化のための価値提案を行うという構図が描けるはずだ。

破壊的イノベーションは「新しい体験(習慣)」を創造する

 話をアマゾン・エコーに戻そう。

 エコー・ドット(2nd Generation)のユーザーレビューを見ると、レビューの件数は5万3839件、評価ポイントは5点満点中の4.3点、全体の67%が5点満点をつけていて、お客さまからの反応も評価も上々のようだ(2017年9月末現在)。

 音声による「ゼロクリック」ショッピング体験(新しい習慣)に魅了されているお客さまの姿が、レビューと評価の両方から透けて見える。

(参考)アマゾン・エコーのユーザーレビュー(https://www.amazon.com/gp/product-reviews/B01DFKC2SO/

 しかしながら、『IoT Today』の読者の皆さまならご明察の通り、「命令されたショッピングを人間に替わってきちんとこなす」という、その現在のアマゾン・エコーの機能は、その潜在的なポテンシャルのほんの入り口に過ぎない。

 例えば、お客さまのワインの購入履歴や頻度をAI・アレクサが学習し、スピーチ機能を使ってアマゾン・エコーの方からお薦めの銘柄をリコメンドしてくるだろう。

 仮に、お客さまの誕生日の間近なら、普段飲んでいる千円前後のデーリーワインではなく、モエ・エ・シャンドンをプッシュしてくる、しかも値段と品質のバランスのとれた順にショップリストを紹介する、などという未来予想図が透けて見えるようだ。

 トイレットペーパーや家庭用洗剤のような日用品であればなおさらで、日用品は切らしてしまって慌てて注文するものではなく、昔の三河屋さんのような「御用聞きの役割」をアマゾン・エコーがしてくれるようになる。

 これら日用品は、お客さまが困らないように、AIがプロアクティブ(先見的)に残量を管理してくれる商材、というような形で、アマゾン・エコーが登場以降はカテゴリーに対するパーセプション(認知)自体が変わる可能性すらある。

 一般に破壊的イノベーションが起きるとき、従来にはなかった新しい体験(習慣)の創造を伴うことが多い。

 アマゾン・エコーの現在のモーメンタム(勢い感)は、GoProが「エクストリーム体験の自撮り」という新しい体験(習慣)を創出し、「親が子供の成長を記録する」という従来のビデオカメラの使い方とは一線を画することで、新しいマーケットを切り拓いた軌跡と重なって見える。

AIによる「リコメンド」の精度がお客さま体験を左右する

 アマゾン・エコーが将来的に「ゼロクリック」ショッピング体験の勝者になるのであれば、お客さまの属性や行動データの解析により、どれだけお客さまの気持ちの変化に寄り添った、キメの細かい「レコメンド」が安定してできるか、がその条件になる。

『IoT Today』の以前の連載で、IoTの本質とは「お客さまの近未来の体験の予測と改善提案によって、お客さまの成果ベースで稼ぐビジネスモデルを構築すること」であるという趣旨の解釈をさせていただいた。

(参考)「IoTでお客様のエクスペリエンスが変わる6つの事例 IoT時代、<エクスペリエンス>が変わる」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47632

 アマゾン・エコーのような音声AIによる「ゼロクリック」ショッピング体験こそが、実はIoTビジネスの主要な一部に他ならない。

 またそれゆえ、事業者としてのアマゾンは単なる効率性や利便性を超えて、「ゼロクリック」シッピングを通じてお客さまの成長実感(=お客さまの成果)につながるような、「インスパイヤー」や「エンパワー」といった価値を提供して行く必要があるだろう。

 それは人間の持つ「生理学的」な側面や「経済学的」な側面だけでなく、「社会学的」な側面や「認知心理学的」な側面まで目配りしたキメの細かいサービスを提供し、「期待や想像を超えたディライトな体験」を(時には)創出することを意味する。

 私たち日本人的な感覚では、ビッグデータの解析や近未来の改善提案の大まかなところまではAIに任せて、お客さまと企業との接点の最後の1マイルは人間の手を加えて(つまり戦略的にAIと人間が分業して)、完璧なサービスとしたい、と考えがちである。

 しかしながら、アマゾンは「ゼロクリック」ショッピング体験のプロセスに人間の感性を差し挟むつもりは毛頭ないようだ。

「アマゾンは失敗を許容する文化がある。挑戦することを恐れる必要がない」
(アマゾン・デジタルビデオのティム・レスリー氏:出典『日経ビジネス』2017.10.02号)。

 だとすれば、私たち人間のサイドでは、音声AI・アレクサの機械学習がある一定のレベルに達するまでは、「ゼロクリック」ショッピング体験はペインポイント(イライラやガッカリの体験)を抱えた、いささか問題の多いカスタマージャーニーであることを覚悟しておく必要がある。

「ゼロクリック」ショッピング体験の未来予想図は、われわれの買い物体験に「破壊的イノベーション」をもたらすことは間違いない。

 同時に、それはAIが歴史上初めて、日常生活の拠点であるリビングルームに深く入り込み、人間の「体験」そのものを根本から変えていく「ブロック・バスター」(象徴的な大事件)であることにも留意するべきだろう。

 アマゾン・エコーをはじめとする音声AIスピーカーの急速な普及と「ゼロクリック」ショッピング体験の拡大は、生身の人間とロボットであるAIの付き合い方(双方向の建設的なコミュニケーション)を模索する、壮大な社会実験に他ならないのである。

 AIはどこまでお客さまの気持ちの変化に常に寄り添い、お客さまに豊かな「ゼロクリック」ショッピング体験を提供し続けることができるのだろうか?

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