ホテルオークラ東京(写真:Google

 日本有数の高級ホテルである「ホテルオークラ東京」本館の建て替えが間近に迫っている。8月末に閉館し、9月から建て替え工事を開始、東京五輪直前の2019年春に新装オープンとなる予定だ。

 オークラ東京は、日本モダニズム建築の傑作と言われており、特に海外から高い評価を受けている。閉館の知らせを受け、海外の著名人らが存続を求める声を上げるなど大きな反響を呼んだ。

 日本は建築物を長期間利用せず取り壊してしまうことが多い。こうしたケースでは、経済的利益と文化的価値という対立軸で議論されることが多いのだが、それは物事の一面を見ているに過ぎない。付加価値をどこに見出すのかで、経済合理性に対する考え方も変わってくる。

 現実問題として、オークラが閉館を断念するという選択肢が残っていないことは明らかだが、一連の出来事は、成熟国家日本における付加価値のあり方に関して、多くのことを問いかけている。

施設が老朽化し、客単価が低下

 ホテルオークラは2014年5月、同社の旗艦ホテルであるホテルオークラ東京本館を建て替える方針を明らかにした。東京ではこのところ外資系ホテルの進出が相次いでおり、国内資本のホテルから顧客が奪われるという状況が続いている。オークラも開業から50年以上が経過しており、施設の老朽化と客単価の低下が懸念されていた。

 新しい施設は、高さが200メートルの高層棟と、80メートルの中層棟の2つのビルで構成される予定。客室数は550室となっており、現在の400室より150室増えることになる。高層棟にはオフィスも入居する予定となっており、ホテル単体ではなく大型複合施設の運用ということになる。ちなみに、本館の隣にある別館(約400室)は、現状のまま営業を継続するという。

 これまでホテルオークラ東京の建て替えについては何度も取り沙汰されてきたが、同社は建て替えについて慎重な姿勢を崩していなかった。その理由は2つあると言われている。

 1つは、同ホテルの建つ場所が、大倉財閥の邸宅跡であり、同社にとって極めて重要な場所であること。もう1つは、独特の周辺環境である。

 ホテルオークラ東京が建つ場所は、虎ノ門という超一等地なのだが、周囲を見下ろす小高い丘になっている。付近には米国大使館や外国人向けの低層な超高級アパートメントが並び、周辺とは隔絶された独特の雰囲気を醸し出している。こうした環境は高級ホテルとしては最適だが、オフィスビルを備えた複合施設の建設には微妙な立地条件となる。

 だが、隣接地の旧虎ノ門パストラル(東京農林年金会館)を森トラストが買収し、再開発の準備が進んだことで状況が大きく変化した。虎ノ門のオフィス街との連続性が確保できる見通しが立ち、同社は建て替えに踏み切ったものと考えられる。

建て替えしか選択肢がないオークラの懐事情

 ところが本館の建て替えに関して、思わぬ所から「待った」の声がかかった。イタリアのファッションブランド「ボッテガ・ヴェネタ」のクリエイティブディレクターであるトーマス・マイヤー氏が、存続を求める声を上げたのである。マイヤー氏の呼びかけに、海外のセレブが続々と反応。「ワシントンポスト」など海外の主要メディアも取り上げる事態となった。

 オークラ本館の文化財的価値は、ホテルオークラ自身がもっとも理解しているはずだが、建て替えを断念するという選択肢は残っていない。同社の経営状況がこれを許さないのだ。

 ホテルオークラは、オークラのブランド名を持つホテルに加え、2010年に日本航空から買収したJALホテルズの運営も行っている。だが、旗艦ホテルであるホテルオークラ東京への依存度が高く、グループ全体の売上高の3分の1を1つのホテルで稼ぎ出す構図となっている。

 しかしオークラ東京の収益性は先にも述べたように低く、2014年3月期は約200億円の売上高に対して、経常利益はわずか1億円にとどまっている。中核ホテルの収益姓が悪いという状況が、グループ全体の重しとなっていることはほぼ間違いない。

 同社は50%近い自己資本比率があり財務体質は今のところ強固である。低金利で資金調達が容易なうちに、中核ホテルの建て替えを実施するというのは、経営的には正しい判断と考えられる。

日本では著名な建築物が続々と取り壊しに

 現在、日本国内では、比較的最近建てられた建築物の建て替えが相次いでいる。日本を代表する建築家である故丹下建三氏が設計し、文化的価値が非常に高いと言われていた赤坂プリンスホテル新館も、西武グループの経営刷新をきっかけにホテルとしての営業を終了、建物は取り壊され、複合施設として生まれ変わっている。

 旧日本長期信用銀行が破たん直前に巨額の資金を投じて建設した旧長銀ビルも、2012年に不動産ファンドが取得し、建て替え工事が進行中である。赤坂プリンス新館の竣工は1983年、旧長銀ビルは93年とかなり新しい。経済合理性が優先されるとはいえ、本来なら100年単位で利用が可能で、文化的価値も高いビルが次々と解体されてしまう状況には少々違和感を覚える。

 従来、こうした建築物の解体については、文化的価値と経済的利益という対立軸で議論が行われてきた。経済合理性というものを軸に考えた場合、誰かがそのコストを負担する仕組みが構築できない限りは、古い建造物を維持するという結論には至らない。その結果として、現実に多くの建造物が解体されてきたわけだが、この理屈は果たして本当なのだろうか?

 同じ時期、米国でこれとは正反対の出来事があった。ホテル運営大手のヒルトン・グループが、同社が所有するニューヨークの高級ホテル「ウォルドルフ・アストリア・ニューヨーク」を中国企業に売却したのである。

大規模修繕でさらに100年営業するNYの老舗高級ホテル

 ウォルドルフ・アストリア・ニューヨークは、言わずと知れたニューヨークの超名門ホテルである。開業は1893年と古く、ヒルトン創業者であるコンラッド・ヒルトン氏が1949年に買収したことで同グループ入りした。天皇陛下をはじめとする各国の元首が宿泊に使用してきたほか、アイゼンハワー元大統領やマッカーサー元帥、マリリン・モンローなどが自邸として使用していたこともある。建物は当時流行だったアールデコ調の装飾が施されており、ニューヨークの歴史的建造物にも指定されている。

 ヒルトン・グループ内では同社の高級ブランド「ウォルドルフ・アストリア・ホテル・アンド・リゾーツ」の旗艦ホテルという位置付けになっており、オークラ・グループにおけるオークラ東京と非常に似た立場にある。

 まさに米国を代表するホテルの1つなのだが、オークラ東京と同様、建物の老朽化と客室単価の下落に悩まされていた。客室スペースも現在の標準的な高級ホテルと比較すると狭く、高級ホテルとしては完全に競争力を失っていると見てよいだろう。ここまではオークラ東京と同じ状況なのだが、違いはその後の展開である。

 同ホテルを買収した中国企業とヒルトン・グループは100年間の業務運営受託契約を結んでおり、実質的にはこれまでと同様、ヒルトン・グループが運営を行うことになる。しかも中国企業は多額の費用をかけて、大規模修繕を実施するという。

 ヒルトンにしてみれば、所有権は中国企業に移ったものの、半永久的に営業を継続することができ、しかも文化的価値が維持されるよう大規模修繕まで実施される。しかも売却価格は、破格の19億5000万ドル(当時のレートで約2300億円)である。高い収益を上げつつ、文化財的な価値も維持されるという完璧なスキームと言える。

所有せず運営受託に軸足を移す世界的なホテル企業

 ヒルトン・グループがこうした決断を下せるのは、同社の経営がもはやホテルを自ら所有するという旧来の形態から完全に脱却しているからである。

 ヒルトンに限らず、スターウッドやマリオットなど、世界的なホテル企業は、自社所有ではなく運営受託に完全に軸足を移している。これによって、全世界的にチェーンの規模が拡大しており、ヒルトン・グループはすでに約7000のホテルを運営している。同社グループにおける自社保有のホテルは全体のわずか数%しかない。

 グループ全体からすれば、旗艦ホテルであるウォルドルフで何とか収益を上げなければならないという制約はなく、むしろ中国の投資家に、歴史的建造物として高値で売却できるのであれば、それがもっとも経済合理性の高い決断ということになる。

 歴史にイフは禁物だが、1980年代から90年代にかけて日本経済が持っていたポテンシャルの高さを考えれば、アジアの全都市にオークラをはじめとする日本の高級ホテルが並んでいてもまったく不思議ではない。こうしたグローバル展開に成功していれば、オークラ東京は、ウォルドルフと同様、歴史的建造物として高い収益を生み出したかもしれないことを考えると非常に残念だ。

 似たような動きは英国でも見られる。現在、ロンドン中心部ではバタシー石炭火力発電所の再開発が進んでいる。同発電所は、1929年に着工された歴史的建造物で1983年にその役割を終え閉鎖された。英国では産業建造物も保存規制の対象となっていることに加え、保存を求める声が多かったことから、そのまま手つかずの状態で残されていた。このほど、マレーシアの政府系ファンドからの資金提供を得て、高級マンションとして再生させることが決定した。タービン建屋やレンガの外壁など、発電所としての状態をできるだけ維持するための工夫がなされているという。これもトップクラスの不動産市場として世界各国から資金を集める英国ならではの芸当だろう。

途上国的な発想からの脱却が必要

 工業製品を大量生産する時代は、新しい建造物を次々に造るというやり方には一定の合理性があった。古いモノは壊して、新しい素材を調達した方が、経済全体が潤ったのである。しかし、日本は米国や英国と同様、本来であれば、高付加価値型の成熟国家に移行しているはずのタイミングである。

 こうした成熟国家では、単純に新しいモノを作るよりも、古いモノが持つ価値を極大化させた方が経済的合理性が高いという結果になることも少なくない。こうした付加価値の付け方は、一部の先進国のみが享受できる手法であり、アジアの新興国には決して真似することができないものである。

 だが、こうした決断が下せるのも、企業や社会全体がグローバル化に対応し、より大きな富を得ていればこそと言える。新しい時代に対応できた企業や国家が、逆に古いモノの価値を極大化できるというのは何とも皮肉な話だが、これもグローバル社会の1つの側面と言ってよいだろう。

 日本の文化的遺産というと、神社仏閣がまず思い浮かぶが、それだけではない。日本は世界で唯一、欧米圏外の地域において自ら近代化を実現した国であり、モダニズム建築をはじめ、数多くの近現代建築遺産がある。

 新しく作られたピカピカの首相官邸もよいが、かつて5.15事件において犬養毅元首相が凶弾に倒れた旧首相官邸は、本来であれば、日本がたどってきた民主主義の歴史を世界にアピールできる絶好の近代遺産だったはずだ。現在は公邸として保存されているとはいえ、これが現役の首相官邸として機能していれば、民主国家日本としての歴史認識を何よりも雄弁に語ったはずである。戦後国際秩序における日本の立ち位置が問われている今、こうした歴史遺産がもたらす経済的価値は計り知れない。

 日本もそろそろ、文化的価値の維持と経済合理性を対立軸として捉えるのではなく、同じ文脈でこれを議論し、経済的利益を極大化できる社会にしていく必要があるだろう。