黒川清・日本医療政策機構代表理事監修

1. 世界レベルで増え続ける災害と対策

 あの未曾有の大災害、2011年の東日本大震災以降、災害医療という言葉が、日本でも社会の様々なシーンにおいて、よく聞かれるようになった。これは何も日本に限ったことではない。

 我が国における防衛医科大学校にあたる、米国の軍医科大学校学長、チャールズ・ライス氏のまとめによると、世界では過去10年、3900の自然災害があり、110万の命が亡くなり、19億人が何らかの影響を受け、1.7兆ドルの経済損失があったという。このように増加する災害に対して、医療の分野でも様々な対策が必要とされ、実施されてきた。

東日本大震災被災者支援レポート(5)

東日本大震災でがれきの山になってしまった水田〔AFPBB News

 日本での歩みを振り返れば、古くは関東大震災、そして1995年の阪神・淡路大震災などの災害を契機に、新たな取り組みやイニシアティブが取られてきた。

 例えば、阪神・淡路大震災での経験をもとに組織されたDMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害急性期に活動できる機動性を持った、トレーニングを受けた医療チーム)が、東日本大震災において派遣され活躍したことは記憶に新しい。

 一方で、地震による構造物の崩壊や、火災による外傷といった、急性期ニーズが高かった阪神・淡路大震災とは、異なったニーズが多く見られたのも東日本大震災の特徴であり、今後、DMATのみならず、その他のイニシアティブが、いかに連携して、急性期に加え、中長期的にも災害医療および医療復興を担うことができるかという課題は、今後も取り組みが必要だろう。

 このように、災害ごとにその対策は改善され、一歩ずつ前に進んできたとも言えるし、そうあるべきだろう。

 では、次の一歩は何なのか。諸外国ではどのような一歩が取られてきたのか。「国民の健康を考える――海外事例の紹介シリーズ」の連載で今回は、この災害医療における海外事例に焦点を当ててみたい。

 その中でも、2001年9月11日の世界同時多発テロ事件以降、法整備と対策が議論され、様々なイニシアティブが取られてきた米国に注目してみたい。計3回にわたり、過去10年強の歴史を振り返り、近年の潮流を探る。

 加えて、冒頭に述べておきたいことは、災害医療とは、災害対策や災害復興の一側面でしかない、という点である。前述のライス氏も、医師でありながら、米国の災害対策における現在の課題として、災害時における医療面への過度の注目を指摘している。

 災害対策とは、医療のみでは到底ないし、災害医療においても、医療提供者のみならず、様々なセクターが連携してこそ、活動が可能となる。

 よって、今回の海外事例紹介においては、医療のみならず災害対策全体を見据えた上での災害医療という紹介の方法であることをお断りしたい。「国民の健康を考える」とは、まさに医療面だけではない全体的視野の上に成り立つはずだ。

2. 2種類ある災害宣言

 災害対策のみならず米国の事例を紹介する際に、まず気をつけなければならない点は、米国が連邦国家であるということだ。50ある州は強い権限を持っており、南部など一部の地域においては、連邦政府の介入を嫌う気質も残っている。

2013年は大西洋のハリケーンが例年の2倍近く発生する恐れ、NOAA

昨年米国を襲ったハリケーン「サンディ」〔AFPBB News

 このことは本稿を通して、たびたび思い起こして頂きたい。そのような体制の中、州レベルではなく、連邦政府が国家レベルで災害に対処すべく定められたのが、1988年のスタフォード法と呼ばれる法律だ。

 これに基づき、いかに連邦政府が各州に介入していくべきかが定義されている。ただ、この法律は、連邦と州の関係性について主として定義しており、今回の事例紹介には適さないので割愛したい。

 では、連邦政府レベルで対応が必要な大災害が起こった時、実際には何がまず行われるのだろうか。第1のステップは、大統領による大規模災害宣言(Major Disaster Declaration)、もしくは緊急事態宣言(Emergency Declaration)の発令だ。

 この2つ、何が違うかというと、大規模災害宣言の方は、長期的な復興にも連邦政府が関与する準備があるという特徴を持ち、さらには、対象をあまり限定せず、被災者、被災を受けたビジネスセクター、公共セクターの救済に関して全般的な連邦政府の補助を想定している。

 一方で、緊急事態宣言の方は、より具体的で限られた焦点を持ち、短期的な連邦政府の補助を想定している。なお宣言数は圧倒的に大規模災害宣言の方が多く、2010年から2012年にかけて、その数は、それぞれ81、99、47と推移し、2013年は9月の段階で47となっている。

 一方で、緊急事態宣言の数は、毎年ほぼ10から15程度で推移している。日本でも話題になった近年の米国のハリケーン被害などに対する宣言は、前者の大規模災害宣言に当たる。

3. 3種類ある災害対策のイニシアティブ

 さて、この宣言に基づき、連邦政府なり担当当局は被災地の救済に乗り出すわけだが、彼らはどのような対策や組織体制を持ち、その任に当たるのだろうか。

 テキサス・ダラス市で災害・救急医療の質管理責任者を務める、テキサス大学準教授のリチャード・キング氏は、米国の災害対策イニシアティブの中身は3つに分けられるとする。

 それぞれ、大きい順に(1)立法や大統領指令(Presidential Directives)レベルのイニシアティブ、(2)省庁や担当当局レベルのイニシアティブ、(3)それらに基づくシステム構築やガイダンス作りといったイニシアティブの3つである。

 この3段階のイニシアティブに留意しながら、まずは、9.11後、米国の安全保障の新たな動きとして日本でも話題になった、2002年の国土安全保障法(Homeland Security Act)について見てみよう。

4. 国土安全保障法 

 「9.11以前の国土安全保障体制は、パッチワークのようなものだった」。2007年に発行された国土安全保障理事会による、「国土安全保障のための国家戦略」に、盛り込まれた一言である。

 9.11は米国にとって、本土攻撃という衝撃に加えて、国土安全保障の意味合いを再認識させた出来事だったと言える。その「パッチワーク」の現状を変えるべく、制定されたのが、2002年の国土安全保障法だった。

 これは、まさしく新たな立法であり、前述の3段階のイニシアティブのうち、最初の段階に位置づけられるものだ。

 国土安全保障法の中身は、一言で言ってしまえば、それまで「パッチワーク」状態であった国土安全保障に関わる組織や当局、リーダーシップの所在を再編成し、国土安全保障省という新たな省庁を設置し、統一したということに尽きる。

 また、国土安全保障と書くと、テロ対策や防衛政策というようなニュアンスにも聞こえるが、ハリケーンや火災などの自然災害対策ももちろん含まれている。

 この国土安全保障省という存在とその業務が、前述のキング氏による分類の第2段階のイニシアティブと言えるだろう。

 それまでは、大統領に直属していたFEMA(連邦緊急事態管理庁:フィーマと発音し、米国の災害対策について語られる時、よくも悪くも、よく話題に上る)も、国土安全保障省の一部として、再編成された。

 医療の分野においては、保健・福祉省(HHS)の管轄であった災害医療の担当機能やシステムも、その一部が国土安全保障省に移された。移行された分野は主に4つであり、(1)保健・福祉省の危機準備室、(2)国家災害医療システム、(3)都市部医療対応システム、(4)戦略的国家備蓄体制だ。

 また、国土安全保障法とその関連法規は、起こり得る災害や危機に対して、担当当局が効果的に準備をし、実際に危機が発生した時には、効果的に対応できるよう2つの計画や仕組みを推し進めるように指定している。

 国家事態管理システム(National Incident Management System: NIMS/ニムスと発音される)と、国家対応計画(National Response Plan: NRP)と呼ばれる2つだ。

 このシステムと計画が、前述のキング氏による分類の第3段階のイニシアティブに当たる。では、この国家事態管理システムと国家対応計画とは何か。いよいよ具体的な危機対応準備体制の中身について、次回以降に触れていきたい。