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日本の液晶産業が韓国に追い抜かれた理由
韓国、台湾企業が手を組んだオープンプラットフォーム戦略とは

2009年11月20日(Fri) 新宅 純二郎

 アジアの製造業が日本の製造業を急速にキャッチアップしつつある。2000年代に入ってから急成長を示した韓国や台湾の液晶パネル産業は、その典型である。投資規模だけではなく、技術的にも日本を追い越したように見える。

 第3世代までは日本が先行して、それに韓国企業が追随する構図であった。しかし、2002年に立ち上がった第5世代液晶パネルでは、韓国企業が先行し、その後も第5世代工場に投資した日本企業は皆無であった(注:世代が新しくなるほど、製造する液晶パネルが大きくなっていく)。

 その韓国企業に追随したのが台湾企業であった。1990年代末に日本企業からの第3世代の技術導入で立ち上がった台湾企業は、2003年から第5世代工場を立ち上げることによって、液晶パネル産業での地位を確固たるものにした。2004~2005年の液晶パネルの世界の生産能力の半分以上を第5世代工場が占めるようになった。

 しかしながら、製造装置や部材の多くは、日本企業に依存する状況であった。その中で、韓国企業や台湾企業はいかにして技術的に最先端の工場を立ち上げていったのであろうか。

 その理由を筆者なりにまとめると、(1)部材の互換性、(2)製造設備の国産化、(3)設備能力の継続的改善、(4)製造設備の標準化と共有化、の4つになると考えている。ここでは4点目に絞ってその内容を紹介したい。

台湾勢を自社の製造技術グループに巻き込んだ韓国メーカー

 第5世代液晶工場のパイオニアは韓国のLGグループであった。世界初の第5世代工場は、LGが2002年の第2四半期に立ち上げた。それまで、第3世代までは日本企業が先行し、韓国企業が追随していた。三星電子が1998年に第3.5世代で初めて日本に先行し、同時に世界シェアトップの地位に立った。しかし、第4世代では再び日本のシャープが先行した。

 そういった状況の中で、日本、さらには三星電子のやや後塵を拝していたLGグループのLGフィリップスLCD(LPL)が、初めて第5世代で世界を先行しようとした。

 しかし、LG単独でできるわけではなかった。そこで彼らが考えたのは、台湾勢を自社の製造技術グループに巻き込むことであった。

 詳細は未だ明らかではないが、台湾企業に対して自社で確立した第5世代製造技術を移転することを事前に約束したらしい。実際にLGの工場が立ち上がった後には、LGの協力会社群がこぞって台湾に第5世代の製造装置を売り込みに行ったという。

 日本企業なら、技術的優位性を少しでも持続させるために、ブラックボックス化などで技術伝播のスピードを鈍らせようとする。しかし、LGはまったく反対に、自社技術の移転を約束、実行したのである。

 これは、装置メーカーの技術に依存している企業が、ライバル企業に対して技術で先行しようとする際に有効な手段である。

 装置メーカーにとっては、同じ装置の販売先が多いほど、開発費を回収しやすく、利益の上がるビジネスになる。しかし、それまでの液晶製造装置は、出荷先の工場ごとにガラス基板サイズなどが微妙に違い、装置メーカーとしてメリットは出しにくかった。

 ところが、第5世代装置でLGに協力すれば、装置を量産できる可能性が高いし、それを他の台湾液晶メーカーに対しても販売できるようになる。

 とりわけ、LGの第5世代工場が立ち上がった前年の2001年はITバブルが崩壊し、半導体不況の年であった。投資に慎重であった当時の装置メーカーにとって、LGの構想は非常に魅力的であったに違いない。

クローズ型からオープン型に転換した液晶パネル産業

 LGが編み出した第5世代液晶のストーリーを簡略化すると、次のようになろう。

 LGグループが先端的な投資を計画した。しかし、当時のLGは技術的には一歩遅れており、装置メーカーの開発インセンティブを高めることが必須であった。

 そこでLGは、台湾の装置メーカーが開発した装置を購入するように、台湾の液晶メーカーに働きかけた。そして、装置メーカーがLG向けに開発した装置などの一括移転を容認した。その結果、LGの製造技術が、いわば第5世代のデファクトスタンダードになって台湾に移転されていった。

 韓国でも、台湾でも、LGの技術がプラットフォームとなり、多くの第5世代ラインが立ち上がった。数多くの顧客に採用された第5世代装置は、その過程でかつてない完成度を誇るようになった。それが第5世代の製造安定化と量産の拡大をもたらし、液晶パネル産業における日本企業のシェア低下と韓国企業、台湾企業の躍進を決定づけた。

 その後、シャープが先行した第6世代、三星電子が先行した第7世代でも同様のプラットフォーム化が繰り返されたかというと、決してそんなことはなかったようだ。むしろ、シャープはブラックボックス化を強調して製造技術の自社囲い込みを進めようとした。

 しかし、第6世代も、第7世代も、台湾企業の追随が起きている。どうも、第5世代がきっかけでこの産業は、クローズ型からオープン型に転換したようである。

半導体産業でも進む「共通プラットフォーム」化

 現在、同様の現象は半導体産業でも起きている。

 次世代半導体の32ナノ以下の微細加工技術を確立するためには、開発環境を整備するだけでも数千億円規模の投資が必要になり、1社だけで負担するのは困難になりつつある。

 最近筆者が調査した米国では、ニューヨーク州のアルバニー大学にIBMが中心となった開発拠点が設置されており、すでに累計42億ドルが投資されている。

 IBMはその大学内施設で、AMD、フリースケール、三星電子、東芝、チャータード、インフィニオンと共同で、論理チップの次世代製造技術の開発に着手している。実際にはIBMが主導して開発し、開発費を負担した共同企業に技術を供与していく。

 さらに、IBM、三星電子、チャータードは、まったく同じ製造技術でファンドリービジネス(設計を行わず生産だけを請け負うビジネス)を展開する予定であり、それを共通プラットフォーム(Common Platform)と呼んでいる。

 また、欧州でもベルギー・ルーベン大学の教授が中心になって設立した会社であるIMECが、研究開発専業企業として、欧州における次世代半導体製造技術開発の中心となっている。IMECも、共同の製造技術基盤を形成しようとしており、欧州企業にとどまらず、パナソニックなどの日本企業、TSMCなどの台湾企業、またインテルがこのプロジェクトに出資している。

 液晶や半導体など、技術開発と設備投資に多額な費用がかかる産業では、今後、この種の製造技術プラットフォームの形成が重要な戦略手段の1つになってくるであろう。

 しかしながら、なぜかこの種の国際的なプラットフォームになる組織は、日本にはない。各社の競争意識が強いせいか、日本国内でさえも共同研究組織が機能しづらいし、様々な国の企業を惹きつける組織となるとさらに難しい。

 日本企業は技術流出への対応として、必要以上に技術のブラックボックス化を強調しすぎるのではないだろうか。